北高祭
夏休みから昨日まで、この北高祭の準備を私は手伝ってきた。
夏休みに入ってから『BLACK D●T』でよく会うようになった中谷会長に声をかけられたり、あの日から仲良くなった矢面さんや水内さんに誘われたりして、私は何度か生徒会室を訪れた。その人たちは別に私に手伝いをさせようとして誘ったわけじゃないけど、私は自ら手伝いを申し出た。
パンフレット製作の一部(滝長副会長のレイアウト発案に協力をしたのは私だ)や看板の色塗りというような簡単なことだけど、その手伝いをするうちに、北高祭がとても楽しみになっていた。
――当日は、このパンフレットを持った人で溢れかえる。
――当日は、この看板のある入り口をくぐった先が会場になる。
――北高祭の三日間、楽しみたいな。きっといっぱい、楽しめる。
簡単なことしか手伝っていないとはいえ、やっぱり準備は忙しかった。
当日が近づいてくるにつれて、その忙しさは激しくなっていった。それでも当日のことを考えると、その忙しさはどうにか乗り越えられた。
それは、少しだけ手伝った私なんかよりももっとずっと忙しかったはずの生徒会会員の人たちも同じだったように見える。
だからその北高祭が今のところ問題無く開催され、それをいっぱい楽しめていることが、私にはとても嬉しい。
今までの努力が報われているのを実感できる、これは裏側を知っている者しか味わえない気持ちだ。
「昨日はお化け屋敷はすごく人気だったらしいよ?」
「そっか。じゃあ……、早いけどお昼ご飯にする?」
「あ、サンドイッチ屋さん? まだ十一時だし、今ならそんなに並んでないかも」
「うん。それで、お昼時にお化け屋敷に行ってみようか」
「お化け退治の前に、腹ごしらえだね!」
夕香の無邪気な言葉に、退治はしちゃ駄目なんじゃないのと笑いながら歩く。
体育館を出ようとした時、私と夕香の隣を二人組みの男子生徒が追い抜いた。
「―――だけが―――ってる、――――だよな」
「ただの――――のクセに。だから――――って嫌い――――」
その時に聞こえた男子生徒の会話に、私の足は思わず止まった。
「どうしたの、颯子?」
自分も足を止め、驚いたように夕香が私の顔を覗き込んだ。
自分では見えないけど、その時の私の顔はとても不愉快な気持ちが浮かんでいたんだろう。さっきよりも深刻そうな表情と声色で、
「……どうしたの?」
と、夕香が繰り返した。
「さっきの、聞こえた?」
「え? さっき、って、あの先輩の二人組みの?」
頷く。夕香は首を振って、眉を寄せた。
「ううん、ちゃんと聞いてなかったから」
「……そう。なんでもないよ、ごめん」
夕香はまだ気になっていたみたいだけど、行こう、という促しに逆らいはしなかった。
逆に表情を明るいものに変えて、弾んだ声色で話しだす。
「んんー、何食べようかなぁ。ピーナッツバターサンドが美味しいって先輩から聞いたけど、お昼ご飯には向かないよね?」
私の表情から、話したくないという意志を汲み取ったのかもしれない。
夕香はその辺りの気配りがとても細かくてとても上手いのだ。いつかはマイナスに思えたその気配りをありがたく思いながら、私も表情を明るくした。
「あれ、夕香ってピーナッツ嫌いじゃなかった?」
「硬いのが駄目なの。ピーナッツとかピスタチオの。だからバターなら平気!」
楽しい気持ちを邪魔されちゃ、たまらない。
折角の北高祭なんだから。