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BLACK D●T  作者: 笹舟
六月十日 くもり 時々 ●。
5/87

朝の人と変な人の帰り道

「……あ、」


 記憶を巻き戻してみれば。

 登校のバスで一度だけ顔を上げた時、商店街の歩道にあのアマガエル色を見た気がする。

 

 そんなことを思ったのは、三時間目の生物の授業中で、

「ここ重要だからね、まずはここから押さえていこう!」

 担当の教員が大きくカエルの図をホワイトボードに描いた時だった。

 そのカエルの発生をマスターしたところで、私はいったい将来何に使えるのだろう。

 窓の外、勢いは弱くとも未だ降り続いている雨に、意識せずとも溜息が出た。


 * 


 私の怨みが届いたのか、嬉しいことに昼過ぎには雨が止み、放課後には曇り空から晴れ間が見えた。

 これなら歩いて帰れそうだ。私は早々と支度を終えると、すぐに教室を出た。

「颯子、真っ直ぐ帰るの? 今日は図書室行かないんだ」

「降らないうちに帰る。部活頑張って」

 廊下ですれ違った友人に手を振って、私は階段を降りる。

 

 進学校である北一は、部活動は強制ではない。

 入学前は何部に入ろうかと本気で悩んでいた。毎日放課後に練習するほど好きな運動も無いし、だからといって文化部の中に興味をそそられるものも無かった。しかし、入学して程なくそのことを知り、「あ、いいんだ」と拍子抜けした私は、悩むのをすっぱり止めた。

 つまり、部活動には入らないことにしたのだ。

 だから私の放課後といえば、部室棟に向かう友達に手を振りながら図書室に向かうか、グラウンドを走る運動部を眺めながら帰路につくか、という悠々としたものである。

 

 だけど、今日は少し勝手が違った。


「あ、朝の人だ」


 『朝の人』ってどうなの。ハムの人みたいな。

 教科書を抱えてロッカーに向かうと、中谷会長が雨合羽を取り出しているところだった。どうもと朝と同じように頭を下げ、その隣に並んで、鍵を開ける。

「最悪だーって言ってた、朝のショックは消えた?」

「…………」

 ――忘れてた。

 ぶり返してきた悲しみと怒りが、それを思い出させた中谷会長に自然と向かう。

 軽く睨みつけるようにして生徒会長に目線を向けると、それに気付いていない様子の彼は、弱ったような顔をしてむくれていた。人の眉が本当に八の字になるとこ、初めて見た。

「俺も今日ちょっとツイてないことがあって。朝からテンション下がるよねー」

 そういえば、と思う。

 玄関に飛び込んできた中谷会長は、「そこそこ悪だ」という謎の言葉を発していた。そして中谷会長は今、朝から不運な目にあったと言っている。

 今朝、彼は「最悪だ」と使うのが勿体無いから「そこそこ悪だ」と言ったのだろうか。

 あぁ。――……変な人だ。

 

 靴を履き替えて玄関を出たのが、またもや丁度、中谷会長と同じだった。

「よく会うねぇ」

「……そうですね」

 今日は朝から中谷会長づくしだ。中谷会長大放出の、中谷会長デーらしい。嬉しくない。

 帰り道まで同じ向きらしく、私と中谷会長は商店街へ続く道を歩く。

 私と中谷会長の歩調も似たようなもので、いきなり早く歩くのも何だかだし、速度を落とすのも何だかだしで、成り行きのまま、二歩ほど離れた微妙な距離をあけて私は中谷会長の後ろを歩いた。


 この地域は、商店街が多い。

 

 中でも、鷹据駅を中央として大体で言えば四方に伸びている商店街は大きなもので、この辺りでは大路と呼ばれている。

 元々の名前は「駅北商店街」「駅東商店街」「駅南商店街」「駅西商店街」というそのままの名前だが、住人には「北大路」「東大路」「南大路」「西大路」という呼び名の方が一般的である。呼び名のように特に大きな通りという訳ではないが。

 そしてこれは地元住人である私には不思議なのだが、何故か、電車で北一に通っている鷹据外の学生の方が、商店街を「大路」と呼ぶことにこだわっている。大阪にやって来た田舎者が関西弁を喋りたくなるような心境だろうか。

 ……ちょっと違うか。

 

 私が登校時、そして下校時に通るのは、その中の北大路だ。

 左右には飲食店やスポーツショップといった店が軒を連ねているけど、あまり注意して見たことは無い。登校時も下校時も、歩くことに専念しているからだ。

 それに、この辺りで大きな商店街の一つとは言っても、私が北大路で買い物をする時といえば、気が向いた日の帰り道に、次の日のおやつ用のパンを小さなスーパーで買うくらいだ。東・西・南でもそれは同じで、行くことが多いといえるのは東大路の入口(駅に近い方として考える)付近にある、三階建ての本屋が唯一である。

 

 まだシャッター街とまでは行かないけど、大路に陰りが見えてきているのは確かだ。

 私はそれが寂しいような、でもそれも当然なような気持ちで受け止めている。だって私にはこの大路への思い入れなんて、そんなに無いのだ。


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