終わりの一言
*
「……お、おはよう、颯子」
夕香の朝の一言目がちゃんとした挨拶なのは、高校に入ってこれが初めてだ。
「おはよう。あのね、夕香」
口をぎゅっと閉じている夕香は、今でも、悩んでいるのだろうか。
昨日朝から私が怒ったこと、別々の昼休みのこと、会話が無かった一日のこと。
そう考えるとちょっと良心がちくちくする。
だから、私がこれから口にするのは、夕香を悩ませたことに対してだ。
だってどっちが悪いかなんて――、
「昨日はごめん」
「! ごめんねっ、あれは私が」
「はい、終わり」
「えぇぇ?」
「一回ずつの『ごめんなさい』で終わり。私はそうしたい。夕香はそれ以上が要る?」
―――決めるものじゃないし、決めても意味が無いし。
それになんか、昨日の私たちにあったことは『喧嘩』に定義して貰えないみたいだし。
いや、喧嘩に定義なんて無いとはホントは思ってるんだけど、まぁ話がこれで収まるのなら、それでもいいんじゃないかと思う。
私たちは喧嘩なんてしてない。
夕香は私の言葉に慌てて「要らない、欲しくない」と首を振った。
良かった、と軽く息を吐き、私は切り出す。
「ところで、夕香は津屋っていう飴屋さん知ってる?」
「えっ、う、うん。お祖母ちゃんが、そこのニッキ飴が好きだから」
「あのね。今度そこに連れてって欲しいの。夕香が暇なとき」
さっきまで昨日と今日の私の変わりように驚いていたのに、私の言葉を聞いた夕香は、何故か急に表情を崩してくすくすと笑い始めた。
「……颯子、危ないかもしれないね?」
何が?
身に降りかかりそうな危険があるのかと、きょろきょろと周りを見る。
教室の壁に貼られたカレンダーに眼がとまり、
「今日からテスト前期間だって覚えてないようじゃ、点数が危ないかもしれないね?」
「あぁ、そうだっけ……」
夕香の言葉が正しいことを知る。これは本当に忘れてた。
くすくすと笑い続けていた夕香が、いたずらっ子のような口調で言う。
「テスト前期間中、部活動は停止。だから今日から私、放課後は暇なの!」
「あれ松坂さん、テスト勉強は?」
「えー。頭動かすのに糖分って必要でしょ?」
楽しそうに笑う夕香に、私も笑った。
今日は、夕香が私を津屋に連れて行って。
今度は私が、夕香を『BLACK D●T』に連れて行くからね。