今日の私にあったこと
「今朝、友人と喧嘩したんです」とだけ私は告白した。
「あらら、それはまた」というのが葵さんの感想で、
「女子の喧嘩って、何すんの?」というのが中谷会長の反応で、
「どういうコメントだ」と古場さんがツッコミを入れた。
中谷会長は、「だってさぁ?」と自分のコメントに眉を寄せた古場さんに向き直る。
「男子なら夕暮れの河原で掴みあって殴りあえば、喧嘩も仲直りも一発でしょ。
『お前のパンチなかなか効いたぜ』
『ははっ、お互い様だろうが』
『腹が減ったな。飯でも喰いに行かないか?』
『ナイスアイディアだ、それなら穴場を教えてやるぜブラザー』
で、さ。だけど女子って、まず喧嘩してるとこのイメージ湧かないから、どうなのかなー、と」
「お前はそんなドラマ仕立ての喧嘩をしてるのか?」
それ、私も聞きたい。
あと最後のハリウッド色は何なのかと。
中谷会長は至極真面目に首を傾げ、指折りしつつ答える。
「いや? かれこれ七、八年くらいは喧嘩してないかな。っていうか俺、平和主義だって。言葉で解決出来ると思うよ、大概の問題はね。だから暴力反対、ダメ、ゼッタイ。殴り合いなんて言語道断」
「気付け、自分の言葉が生み出す矛盾に」
古場さんは、呆れているのか笑っているのか微妙な表情をした。
今の私も、同じ表情をしていると言い切れる自信がある。
「颯子ちゃん。差し支えなかったら、原因を教えてくれる?」
葵さんのまともな質問に、私は簡単に経緯を説明した。
――目撃されたのが土曜日ということは言わずに。
――陽介さんの名前は伏せて『知り合いのお兄さん』という名称で。
――その『お兄さん』に友人が恋しているということも口にせずに。
「つまり颯子ちゃんのお友達が、先輩から送られてきたメールを見て、颯子ちゃんがお兄さんと付き合ってるって勘違いしたってことね?」
「……そうです」
葵さんの確認に頷きながら、私は不思議に思った。
人に言われると、自分が怒っている理由がどうでもいいようなことに思える。
勝手に写真を撮られたのはやっぱり腹が立つ。でもそれは夕香のせいじゃない。
夕香への苛立ちの理由は、夕香が勘違いしたからで。
それなら――、――どうしてだろう。
ただの勘違いにどうしてそこまで苛立ったんだろう。
勘違いをした夕香の気遣いが、どうしてあんなにムカついたんだろう。
私の苦手な、恋愛関係の話だったから?
葵さんは「うん、青春らしいねぇ」と何故か満足そうな笑みを浮かべた。
「確かに、いつの間にか写真を撮られてたり、自分の交友関係を勝手に推測して噂されたりするのは私も嫌。言葉にするのは難しいけど、知らないところで自分を他人に形成されたくないっていうのかな。だけど、正直に言えば、私にはどっちが悪いとも言えないな。勘違いっていうのは、まぁ比較的よくあることだし、それにいちいち苛立ってても仕方が無いと思うの」
葵さんの言葉に、私は俯く。
でもそれは気まずいからじゃない。
「まぁ、喧嘩なんて、どっちが悪いかを決めるようなものでもないと思うけどね」
葵さんの言葉が示す『事実』に、今更ながら疑問が湧いてきているからだ。
(……どうして……?)
私はどこかで、この喧嘩を夕香のせいにしようとしていた気がする。
夕香が流されるから、
夕香が勝手に勘違いするから、
夕香が自分を抑えるから。
葵さんが言ったように、どっちが悪いかを決めるようなものじゃないのに。
そんなことで、解決はしないと分かりきったことなのに。
そんなの、今更気付くようなことでもないはずなのに。




