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BLACK D●T  作者: 笹舟
●降って、地、固まる?
39/87

街灯とサックコートがもたらしたもの

「中谷会長。これ、土曜日のです」

 

 上機嫌でべっこう飴を舐める中谷会長に、鞄から出しておいたパンフレットを差し出す。

 中谷会長は「ひょ!」と妙な声を上げ、受け取ったパンフレットをしげしげと眺めた。表紙を捲ろうとしてピタリと動きを止め、探るような目線を私に向ける。

「この中、ネタバレって書いてある?」

「監督の話のページであったと思いますよ」


 『街灯とサックコート』にはミステリの要素も混じっている。それに映画版は構成の都合上、原作とは少し変えられた箇所もいくつかある。

 だから、いくら原作を読んでいるとはいえ、そのネタバレが気になるのは私にも分かる。


「ネタバレは許せないんですか?」

「いや? 読んでない本のレビューもネタバレあっても読むよ?」


 いや、じゃあ何故。


「だけどネタバレがあるなら、へぇぇ!って吟味したいからさ。俺、ネタバレ読むのは正座して意気込んでからなんだよね。だからうっかり本屋で立ち読みした本の後書きとかにネタバレされてると、うきィーってなる。アレは困る。ホントに困る」

 

 その気持ちは察するけど、それをここで演説されても、それこそ困る。


「つーことで、コレは家に帰ってからじっくりと楽しませてもらうことにしよう。今読み始めちゃうと、読み終えるまで帰れなくなりそだし。ありがとね笠見さん。……あ、ごめん、パンフレットの代金は今度でもいい?」


 そう言って大事そうにパンフレットを抱え、

「俺が唯一自分で買った野洲のハード本の『猟師の網・漁師の銃』と同じくらい大事にするよ」

 と、満足そうな笑みを浮かべている中谷会長を見ていると、自然と「あの本は装丁も格好いいし、主人公の性格も中谷会長のストライクっぽいからなぁ」なんて思わず納得していた。

 ――だから、こんな中谷会長的思考を推測出来る能力は全く利用価値が無いんですが。

 この調子でいずれはさっきのネタバレについての考えも飲み込めるようになる…なってしまう、のだろうか。


「で、感想は? ネタバレありでいいよ、どうだった?」

 端を折らないように慎重な手つきでパンフレットを鞄に入れ終えた中谷会長が、私に向き直って眼を輝かせながら――、わざわざ靴を脱いで椅子の上で正座を始めた。

 家に帰って吟味するんじゃなかったのか。

 やっぱり分からない。

 別に分かろうとする気もないけど、分かろうとしたってまず分からない。


「……一言で言うと、すごく面白かったです」

 中谷会長の行動に呆れつつ、それでも、感想を話し出すと止まらなかった。


「カメラワークが格好良くて――」

「――正直、始めはあの配役はちょっとと思ってたんですけど、―――」

「――あ、それから挿入歌。あの歌が最後のシーンにぴったりで――」


 出来るだけネタバレをしないようにしながら、自分が感じた感動を率直に伝えていく。

 話しているうちに、もう一度観たくなってきた。レンタルが始まったら、借りてきて翔と一緒に見ようかなと考える。CMで流れるあの挿入歌に、翔も興味を示していたし。


「『街灯とサックコート』は、映画化されて本当に良かったと思います」


 いつのまにか熱く語っていた私の感想を聞いて、中谷会長は、うがぁと声を上げた。

「やっぱりいいなぁ『街灯』! 映画も見たいけど、文庫版出てるんだっけ?」

 買っちゃおうかなーと中谷会長は本気で悩み始めた。未だに正座のままで。


「ふぅん。面白そう、私も原作読んでみようかな」

 中谷会長だけでなく、葵さんと古場さんも私の感想を聞いていた。

 トーストを齧る葵さんに、カウンター奥から古場さんが、あぁと声を上げる。

「今なら本棚にあるぞ。この間まで、映画の前にもう一回って中谷が読んでたからな。そのまま、本棚に追加していった」


 『BLACK D●T』に入って右手には、雑誌や本が並んでいる本棚がある。雨宿りをするお客さんの暇つぶしに読んでもらうようにだ。その本棚の本の多くは陽介さんの私物で、私も何冊かその本棚から借りて読んだことがある。


「中谷も雨里も、笠見さんも気に入ってるみたいだからな。ハズレではないと思うぞ」

「絶対いいっすよ。万人受けします、あれはたぶんきっと絶対」

「じゃ、食べてから読んでみようっと。楽しみだね」


 普段の私なら、中谷会長のように葵さんに『街灯とサックコート』を勧めていたと思う。

 好きな本の良さを分かってもらえるのはとても嬉しいことで、その本について盛り上がれる人が増えるのも、とても嬉しいことだから。

 だけど、今日の私はそうは出来なかった。――今朝のことを思い出して。

 

 夕香に『街灯とサックコート』を紹介しようと思っていた。

 きっと夕香も気に入ってくれると思っていた。

 もしかしたら、今までの私が勧めて夕香が気に入った本のように、『街灯』の絵も描いてくれるかもしれないと思っていた。

 そうなればすごく嬉しいと思った。

 でも、それは今朝のことのせいで、……思うだけで終わってしまったのだ。


 そんなことを考えていたから、


「あ、そーだ。笠見さん、今日、何かあった?」

「……え」


 首を傾げる中谷会長の言葉に、私はひどく驚いた。

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