書を読む・曲を聴く
市外に出る前にコンビニに寄って飲み物やお菓子を買った。
道中それらを飲み食いしつつ、交わす会話の内容はやっぱり本のことだ。
「野洲作品の中で一番尊敬する登場人物は、『クライマータイム』の叔父だな」
「それ、中谷会長も言ってました。私は主人公の友人が好きです」
「あぁそれも分かるなー。二章の始め、だっけ? あのあたりとか、たまに古場とキャラが重なるときがあるけどな」
幅広く本を読んでいる陽介さんとは、とても話が合う。
読書家同士には、何となく共通した認識のようなものがある。もちろんそれは読書家同士に限らず、ほかの趣味でも同じだろう。まぁともかくはそのおかげで、言いたいことをわざわざ説明する手間が省けるため、会話をするのがとても楽だ。
好きな本の傾向も似ているようで、私が好きだという本は陽介さんも同意して頷いてくれる。逆に陽介さんが気に入っているものが、私の愛読書だったりもした。
私が陽介さんが読書家だったのが意外だったという話をすると、陽介さんは苦笑した。
「中学生の頃までは、俺は読書嫌いだったんだ。文字に眼を通すのが面倒くさくて。教科書が文章じゃなくて漫画だったらいいのにって、授業中はいつも考えてたしな」
小学生から読書好きだった私にも、その気持ちはなんとなく分かった。
「じゃあ、何で好きになったんですか?」
「ん。これがきっかけでな」
そう言って、陽介さんは片手でカーステレオを指差した。
流れている曲は英語の歌詞で、だけど歌っているのは日本人のグループだ。何処かで聞いたことがある気がするけど、でも、そこまで人気なものではないマイナーなグループのはず。
「中学の時はめちゃめちゃ音楽にハマってて、特にこのグループが好きだった。で、曲書いてるボーカルの趣味が読書でな。『○○という作品をイメージしました』って曲があんだよ。それで興味持って読んでみたら、なかなか面白くて。そこから、そのボーカルが薦めてる他の作家の本も読み始めて、読書の楽しさに目覚めてきたってわけ」
今じゃ音楽より本の方が好きなんだ、と、陽介さんは笑った。
「颯子ちゃんが読書好きになったきっかけは?」
ペットボトルのスポーツ飲料を一口飲んで、陽介さんが訊く。口に飴を放り込んだところだった私は、その包みをゴミ袋に入れながら少し考えてみた。
きっかけ。きっかけと呼ぶような出来事は、無かった気がする。
「母親が読書好きっていうのはあると思いますけど、でも弟はそうでもないし」
「あ、弟が居んだ?」
「はい。中学三年で、あ、音楽好きです。勉強するときは必ず音楽かけてます。あと、試合前とかにもウォークマンで音楽を聴いてます」
私と一つ違いの、年子の弟、翔。
受験生になった今年から中学校ではテスト続きとなり、部活動のサッカーに熱心だった翔も否応なしに机に向かうことが多くなった。勉強意欲を高めるために必要なのだと、リビングからCDコンポを自分の部屋へ持ち込んだのは五月のことだ。
――あぁ、そうか。話題に翔のことが出たおかげで思い出した。
さっきまでステレオから流れていた曲は、いつだったか、前に翔の部屋から流れていたものと同じだ。
どうやら笠見家姉弟と陽介さんは、とても好みが似通っているようである。
「弟くんは音アリ派なんだな。俺と真島と同じで」
「葵さんも音楽が好きなんですか?」
「人から影響を受けたのもあるだろうけど、真島もノーミュージック・ノーライフ、なやつだ。大事なときの前には、必ず音楽を聴いてたな」
陽介さんたちがまだ大学生だったときの話だ。
あるとき、葵さんは一日中ウォークマンをして過ごしていた。その理由を問うと、もうすぐテストがあるのだという。
「だからこれで集中するの。この曲を聴いてると、『お前はやれるよ』って言われてるように思えるから。気休めだとは思ってるけど、それでやる気が出るならやって損は無いでしょ」
そう言って、葵さんは再び小さくその歌詞を口ずさみ始めた。らしい。
「音楽が無いと集中出来ない、俺はこの音アリ派。この言い方は、俺が勝手にそう言ってるだけなんだけどな。ちなみに古場は、音楽があると集中出来ない音ナシ派。颯子ちゃんは、どっち?」
「そうですね……本を読むときは無い方がいいですけど、勉強のときはどっちでもいいです」
音ナシ派よりの中間、といったところだろうか。
「でもたぶん、好きな曲の時は手を止めてしまいますけど」
「あぁ、あるある。買い物してる店でかかった時も、つい顔上げちゃうとかな」
赤信号で車が停まる。
口の中の飴を転がしているうち、尋ねようと思っていたことを思い出した。