いざ、出発
その土曜日はよく晴れていた。
指定された時間に遅れないよう『BLACK D●T』に向かうと、古場さんが入り口の傘立てを整頓していた。
その古場さんを見て思わず絶句し、そんな私に古場さんが笑う。
「清潔で爽やか、だろう?」
晴れた日に『BLACK D●T』を訪れたのはこれが初めてで、つまり私は、湿気によって髪のボリュームが増した古場さん以外を今まで見たことが無くて。
「……古場さんって、そんなに髪少なかったんですか」
「脱毛症みたいに言わないでもらえませんか」
苦笑する古場さんの髪は、震える肩に合わせてさらさら揺れた。
「ほんとに湿気に弱いんですね」
未だ驚きが続いている私に、「困ったことに遺伝でな」と古場さんが大きく頷いた。
数分も経たないうちに店の前に青い車が停まった。
聞いたところによるとその車は古場さんの持ち物で、商品を取りに行くときなどは、専らバイクが移動手段の陽介さんも使っているらしい。
運転席に座った陽介さんが助手席の窓を開ける。近づいて、古場さんが忠告した。
「気をつけてな。渋滞は避けろよ、笠見さんの帰りが遅くならないように」
「おぅ。昼過ぎに、真島が店の手伝いに来てくれるってよ。あとは頼む」
陽介さんの手招きに、私は古場さんに「行ってきます」と言い、助手席に乗り込んだ。
「おはようございます、今日はよろしくお願いします」
「ん、おはよ。そういや颯子ちゃんの私服見るのは初めてだけど、そっちも可愛いな!」
……だから、もう。
そういうことをサラッと言うの、恥ずかしくないんだろうか。
「どうも。いつもは学校帰りですからね」
それが無理なく似合ってるのが、本当の怖いところなんだけど。
私がシートベルトを締めたのを確認して、陽介さんは車を発進させる。
店の前の古場さんに手を振ってから、私は前に向き直った。