「生徒会長、 」
この北第一高校、通称「北一」は、東高校と県で三番目争いを展開中の進学校だ。
ちなみにもう一つの北高校である北第二高校は、卒業後に就職を考えている生徒が半数を占める総合学科となっている。
しかし、県で三番目(or四番目)の進学校と言えど、北一はガリ勉が集まったテスト三昧の学びの舎、ではない。私がここに入学したのも、進学を考えてではなかった。
登校にわざわざ駅を超えるのが面倒だったこと、徒歩数十分の場所にここがあったこと、中学三年の時に担任から「北一はどうだ?」と提案されたこと、少々頑張ってみれば学力も何とかなりそうだったこと、学校説明に来た校長先生が良さそうな人だったこと、制服がそれなりに悪くなかったことが重なり、他の高校と並べて考えた末に、私は北一を選んだのだ。
ただしその「勉強漬けではない」というのは、今の私が北一に入りたての新入生だから、そう感じているだけなのかもしれない。そこで話はちょっとだけ軸に戻る。
北一の生徒会長は、大体は二年生が務める。
三年になったら勉強の日々、というのは、北一の一年・二年の生徒だけでなく、北一の教員もがよく口にする文句である。
北一では、三年生に進級すると、進学に向けての準備として委員会からも生徒会からも退会するのが、通例になっている(らしい)のだ。部活動は夏にあるそれぞれの大会が終わるまでは所属していられる(らしい)けど、生徒会長などの役も本人が希望しない限りそこで代替わりをする(らしい)。そして「今までそうだったから、なんとなく」というもの(らしい)とはいえ、通例をわざわざ破ってまで役を続けたいという生徒は少ない(らしい) 。
すべて、伝え聞いた話によると、である。
これから二年先のことに、私はまだそこまで興味も実感も沸いていない。
で、ようやく本筋に戻るとするとこのアマガエル。――失敬、生徒会長。
彼は北一の二年生で、苗字は中谷といい、名前は雨に里と書いて『うり』と読む。その変わった名前を、新入生のほとんどは入学式から忘れたことが無いだろう。
入学式の歓迎の挨拶の時、彼の名前は呼ばれた。
いつも眠たげな顔をしている教頭の「生徒会長、中谷雨里」という声がマイクを通して体育館に響いた途端、ステージの前に並んだ新入生たちと、後ろの方でパイプ椅子に座っている保護者たちの間には、
「うり?」「名前なの?」「うりって言った?」「読み間違い?」
と、ちょっとした動揺と驚きの声がささめいた。
そんな中、壇上でスタンドマイクの高さを調整し終えた彼は、開口一番、
「変な名前だよね。でも、おかげで覚えてもらえやすいかな」
そう言って、私たち新入生にニッと笑いかけた。
その後はポケットから紙を取り出して「新入生の皆さん。ご入学、おめでとうございます」と、その紙に書かれているのであろう、よくある言葉が並んだ文章を読み上げ始めたものの、第一声に新入生を歓迎する「ようこそ」でも、新入生を祝う「おめでとう」でもない言葉を向けられるとは思わなかった。
しかもそれが自分の名前を貶す言葉とは。
まぁ本人の言うとおり、おかげで入学一日目にして、その名前はばっちりと私の記憶に刻み込まれたし、クラスメイトたちも、
「すごい名前だよね」
「っていうか、ふつう自分で言う?」
と、インパクトを受けたようだった。