ご一緒しましょ
「あのな、中谷。常連客をデートに誘うのは勝手にしてくれたらいいが、その考えまでの経緯をはっきりと説明しろ。俺は大体分かったが、笠見さんには伝わらないだろ。だからお前は天然タラシだと思われるんだ」
陽介さんとの会話に慣れている古場さんは、陽介さんの話の裏を理解しているらしい。
いや、私でも一応これがデートの誘いなんかじゃないっていうのは分かってたんだけど。そもそも携帯電話での通話の内容から話が発展したんだし、……まぁ、陽介さんだし。
陽介さんは古場さんからまたもや称された天然タラシの言葉に眉を寄せた。
やはり自分の中では見当がついていないようだ。だからこそ、なんだろうけど。
「で。今度は何だって? 商品はまだ先だろ」
陽介さんに説明させようとするといつまでも話が進まないと判断したのか、古場さんは自分から質問を始めた。
「あぁ、月雨シリーズのことなんだけどな。他のところでも人気が出てきてるみてぇで、結局、全部の月を製作することになったんだとよ。何月を作って欲しい、なんて要望の電話までわざわざ制作会社に届いたらしい」
話を聞きながら、思う。
全部の月雨シリーズが発売されたら、私も嬉しい。友達に勧めたりプレゼントしたりするのにも、その時期のものだったり、その友達の誕生月のものだったりした方がいいんじゃないだろうか。
「だから、製作にあたって販売店や購入者の意見が欲しいって」
「そのついでに映画でも、って話か」
「そ。あいつも忙しいクセに、映画館通いは続けてるらしい」
苦笑しながら、陽介さんは珈琲を啜る。
どうやら携帯電話での話し相手は取引先、それでいて陽介さんのよく知った人のようだ。
話の流れが何となく理解出来てきた私に、陽介さんが改めて説明をする。
「県外にある月雨シリーズの制作会社に、俺の知り合いが勤めてんだ。月雨シリーズを考案したのもそいつでな、ヤマサキっていう、高校の時のダチなんだ」
陽介さんの口から出た人名に、私は思わず古場さんの顔を見た。古場さんはそれでも素知らぬ顔で、でも口元が笑っている。
私の反応に陽介さんは少しだけ不思議そうな顔をしたけど、でもすぐに話を再開した。きっと、また何か聞いたんだなと判断したんだろう。古場さんから陽介さんのことを、陽介さんから古場さんのことを、私は二人から互いのことを伝え聞いていることが多いのだ。
「映画好きなヤツで、週末にはよく映画館に出没する。俺が月雨シリーズを受け取りに行ったときも、たまに会社帰りの山崎と待ち合わせして映画観に行ったりもする。男二人で映画なんてしょっぱいけど、あいつと一緒だと安く観られるからな」
その山崎さんという人は年間のフリーパスを持っていて、二人で映画を観たときには、陽介さんの分のチケット代を割り勘してくれることもあるのだという。「ま、ドリンク代は俺が払ったりもするんだけどな」と陽介さんはニッと笑った。
「で、さっきも言ったように、山崎は月雨シリーズについての意見を欲しがってんだ。商品を考案する人間にとって、その利用者の意見は貴重だからな。とはいっても、会議に参加するわけでもないから、そこまで深く考えなくていい。俺と山崎と一緒に、月雨シリーズについて喋るだけだからさ」
私を安心させるようにそう言って、陽介さんはカウンターの卓上カレンダーを指差した。
「今のところ、予定は来週の土曜日。良かったら、颯子ちゃん一緒に来てくれねぇ?」
私は頭の中の予定をカレンダーに照らし合わせてみる。
とはいっても、私のスケジュールに予定はほとんど入っていない。週末の休日二日間に私がすることといえば、いつもと同じく読書が主である。スケジュール面で断る理由は何も無い。
始めは「意見なんて言えない」と焦ったけど、それだって堅苦しいことを言わなくていいみたいだし、それに極めつけは『街灯とサックコート』だ。すごく、観たい。
うん。スケジュール面以外でも、私から断る理由は何も無い。
「行きたいです、ぜひ」
「よっし、決まりだな」
頷いた私に、陽介さんは満足そうに笑った。
その隣で珈琲を啜る古場さんが静かに言う。
「笠見さんの親御さんに顔向け出来ないような目には合わせるなよ、頼むから」
「あ、の、なぁ。折角行く気になってくれたんだから、そういうこと言うなっての」
――……古場さんの冗談とはいえ、ちょっと不安になりました。