第二問とその答え
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「――と、まぁ、そんなことがあったらしい」
古場さんはまず、葵さんから聞いたのだという話をしてくれた。
その話を聞きながら情景がありありと浮かべられた私は、色々と複雑な感想を言う。
「『長丘大学物語』。主演、真島葵・中谷陽介。……どこの恋愛ドラマですか」
古場さんはくつくつと笑い、「気が向いたら脚本でも書いてみてくれ」と眉を上げてみせた。
冗談でもよして欲しい。この私が恋愛ドラマの脚本を書くなんて、考えただけでも薄ら寒い気持ちがする。
「で、今話したことの日から二日後ぐらいにな。俺と中谷と真島が揃ったことがあったんだ。その時に真島が、自分の苗字を覚えていた本当の理由は何故かと尋ねたわけだが、」
そこで一度区切り、古場さんは「さて、何と答えたでしょう」と笑った。本日二度目だ。
カップを両手で包み、私は考える。
えぇと、陽介さんの言いそうな言葉……陽介さんの言いそうな……
「……『真島って苗字が似合うなあと思って覚えてた』?」
このレベルでは別に恥ずかしいものじゃないのに、さっきの話を聞いた後でそれを陽介さんが言っているところを考えると、なんだかむずむずする。
「ほう。そう来たか」
「そ、……そう来たかって何ですか」
腕組みをして私を見る古場さんに、そのむずむずが増す。
「違うなら違うって言ってください、なんか……恥ずかしいので」
視線を落とす私に、古場さんは苦笑しながら「じゃあ、はずれ」と言い切った。
「中谷のことだし、『葵』って名前の方でならぺろっと言いそうだけどな。……いや、既に言ってたか?」
そう付け加えながら、自分は絶対に言えない、といった表情を浮かべている。
でも、この何処かこそばゆい台詞で、惜しい、では無いならば。
「今回は口説き文句風じゃないんですね」
「まぁ、そうだな」
――それなら、こういうのはどうだろう?
「『同じ苗字の人が知り合いに居るんだ』、とか」
「さすが笠見さん。さっきから着眼点がいいな。九十六点ってとこだ」
九十六点。まずまずの成績だ。でも、これ以上の点数は狙えそうにない。
次の答えを待つ古場さんに「……正解、お願いします」と両手を挙げて降参を示せば、笑って教えてくれた。
「正解は、『高校時代のダチに、ヤマサキってやつが居るんだ』、だ」
きっとその時の陽介さんは、あの、ニッとした笑みを浮かべていたんだろう。
「あぁ、その人も……」
言葉の意味を理解して私は納得する。
そんな私に一度頷いてから、古場さんは話を続けた。
「そう。『ヤマザキ』って呼ばれるのが嫌で、そう呼ばれたら絶対に言い直させていたらしい。そんな友達が身近に居れば、影響も受ける。それで、中谷は人の名前の読み方には特に注意するようになったんだとさ」
――地域によって、その一般的な読まれ方は違う。
真島の『島』を、『シマ』と読むのか『ジマ』と読むのか。
山崎の『崎』を、『サキ』と読むのか『ザキ』と読むのか。
今川の『川』を、『カワ』と読むのか『ガワ』と読むのか。
同じ都道府県内でも、東部と西部や、山間部と平野部など、地域によって読み方が違うものだってあるだろう。それを「だから間違えても仕方無い」と思ってしまうことは出来る。育ってきた周囲の環境による認識はなかなか変えられないものだ。
でも、誰だって自分の名前を間違えられるのにいい気分はしないはずだ。
陽介さんは身近にそう言った人が居たという経験から、「仕方無い」ではなく、「だから気をつけよう」と意識するようにしているのだ。気配りが上手いというか、思いやり深いというか、神経細かいというか――言い方は様々だけど、それは誰にとっても嬉しい心構えである。
そういうところが、彼が軽薄という一言に済まされない理由の一つと言えるだろう。