彼女のなまえ
*
真島葵は、自分の苗字を間違えられることを嫌っている。
小学校低学年の頃はまだ、間違えられる度に「先生違うよ、私はマシマだもん」と笑顔で訂正をしていられた。だがそれも、学年が上がるごとに出来なくなった。
――私は「マシマ アオイ」だ。
――何度も注意しているのに、どうして覚えてくれないの。
――私は「マジマ アオイ」じゃない。
だけど、それは周りにとってはそこまで気にすることではないのだろう。
今ではむしろ変わった名前が多く、その読み方の方が問題になっている。注目はそっちへと向き、苗字の濁点は取るに足らない些細なことで。
いちいち苛立ちを感じる自分が敏感過ぎるんだ。
そう思い、真島葵は何度もそれに慣れようと思った。
しかしそれでも。
「マジマさん、これってさ……」
――違う。
「もしもし。マジマさんのお宅でしょうか? 私は××の……」
――違う。
「あ、そういえばマジマさんは……」
――違う、マジマじゃない。
しかしそれでも、『マジマ』と呼ばれるとどうしようもなく嫌な気持ちが沸き起こるのは、止めることが出来なかった。
間違われることに慣れられない。その苛立ちが止められない。
でも、いちいち反応して不機嫌になるのは周りに迷惑だ。それはよく分かっていた。
……それなら。
「ん? 君のプレートに書かれているのは、名前の方かな?」
「はい。ちょっと個人的に、そっちの方が」
それなら名前で呼んでもらおう。間違われることの無いように。
こうして、真島葵はその授業内では名前で呼ばれるようになった。
同期生の友達同士ではそもそも名前で呼び合っているし、名札を付けるグループ授業で仲が良くなった友達も、他の人に真島葵のことを話すときには「葵ちゃん」という呼び名を使う。
それらが連なっていくことで、真島葵は周囲から「葵」の呼び名で浸透していた。
どうして名前で呼ばれることにこだわるのかと尋ねてきた者は何人も居た。
苗字が嫌いなのか、家に所属している証のようで嫌なのかと問われる度に、そうじゃないんだけどと曖昧に笑った。
言い間違えられるのは確かに嫌だ。それでも真島葵は自分の苗字を嫌ってはいなかった。だから笑いながら悲しく思っていた。
しかしそれは仕方の無いことだ。真島葵は自分にそう言い聞かせる。
自分がとった行動は、苗字が嫌いだと思われても当然のような方法なのだから。
名前で呼ばれるのが定着して、しばらく。
それはつまり、真島葵のことを「真島」と呼ぶ者が激減した頃。
真島葵は、とある教授に呼び止められた。