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BLACK D●T  作者: 笹舟
六月十日 くもり 時々 ●。
2/87

波打つ表紙とアマガエル

 今日で雨へのマイナスイメージが更に上がった。


「最悪だ……」

 私は鞄に入れていたタオルを取り出して、本を包んだ。

 

 ――今日は朝から曇り空だった。

 午前中の降水確率は八〇パーセント。傘はこのあいだ壊れたばかり。今週から新しい靴を履き始めている。シャーペンの芯がもうすぐ無くなるけど、それを除けば今月欲しいものは特に発売されないので、財布の中には余裕がある。

 普段は徒歩で学校に向かっている私は、今日はバスに乗ろうと決めた。

 バスに乗ると決めたら、家を出るまでの時間に開きが出来た。その間に、先日母さんが買ってきてくれた本を少し読む。第一章がもうすぐで終わるという微妙なところで時間になったため、続きはバスの中で読もうと手に取ったままバス停に向かった。


 私と同じような考えをしたらしい、バス停には何人かの制服姿が並んでいた。この辺りの住宅地には同じ学校に通う学生が多く住んでいる。

 やがてやってきたバスに乗り込み、中央から前よりの席を確保、腰を下ろした丁度その時にバスの窓に雨粒が弾けた。それを皮切りに弱めの雨が降り始める。

 家を出る時はまだ降ってきていなかったせいで傘を持ってくるのを失念していたことに気付き、しかしそもそも愛用の傘は踏んで壊してしまったところだったということに思い至る。うんざりとしながら、バス停から学校までの一〇〇メートルは走るしかないかと仕方なく覚悟を決めた。

 それからは、持っていた本へとすっかり意識を移して、その内容にのめり込んでいった。商店街の真ん中を走っている時に一度顔を上げた以外は、延々を活字に眼を通して過ごす。

 

 停まる度に学生の増えていったバスが、学校に一番近いバス停(名前もそのまま北第一高校前である)に到着した時には、雨は小雨と呼べる程度にまで弱まっていた。

バスが止まると同時に学生が一斉に立ち上がる。手のひらに準備していた小銭を運賃箱に落として、バスから吐き出されていく。その列の中に揉まれるようにして私も降りた。

 

 私がバスを降りて数歩歩いたとき、いきなり雨足が強くなってきた。

ほんの一〇〇メートルくらい、しっかり抱えていれば大丈夫だろうとタカをくくって、私は手に本を持ったままだった。しかし激しくなってきた雨粒にこれは危険だと判断を変えた。

 慌てて本を鞄の中に入れようと道の脇に立ち止まって、

 ステップから降りる勢いのまま駆け出した学生とぶつかり、

 ――私は本を取り落とした。

 思わず私は小さく叫んでしまった。「あ、悪い」と一言残して去っていった男子学生に眼は向けず、すぐに本を拾い上げる。指に伝わるふやけたような感触に、頭の奥が重くなる。

 数秒だけ鞄に入れるか迷い、それよりもこれ以上雨に打たれないように、とぶつかった男子学生の後を追うように学校に向けて走り出した。走り出した頃には怒りが湧き上がっていたから、その学生が私の方をちらりとでも振り返っていたら、後ろを走る私の表情を見て「殺される!」とでも思っていたかもしれない。

 急に立ち止まった私に非が無いとは言わないけど、でも、嗚呼……。


 そして今に至り、怒りは哀しみに変化していた。

 この時間になると、大体の生徒は登校し終えている。生徒玄関には、本の水気を吸い取ろうとその落とした本を包んだタオルにぎゅぅっと力を込めている私の姿しかない。

「あぁもう……。ほんとに……、最悪だ……」

 ため息をついて、タオルを開いてみる。表紙はすっかり波打っていた。布製の文庫カバーでもしていれば良かったのだが、この本には紙のカバーさえかけていない。

 母さんは本を買うときにカバーを断るタイプの人で、母さんが買ってきてくれたこの本もそれに違わない。曰く、「下手な店員がするぐらいなら、むしろ、してもらわない方がいい」らしい。それには私も賛成で、ただし「むしろ」の続きには「自分でする」がつく。だから書店でかけてもらわずにカバーを貰って自分でかけているけど、残念なことに母さんはカバーをすることにこだわってはおらず、わざわざカバーを貰いはしない。

 ふやふやになった表面を撫でて、その凹凸に悲しくなる。

 何度目かの、最悪だ、を口にしようとした時、


「あぁーもぉー、そこそこ悪だーっ」


 妙なことを叫びながら、アマガエルが飛び込んできた。

 ――いや、その雨合羽の色合いが見事にアマガエル色だったために、二秒くらいは本気でそう思ったけど、そのアマガエルは、入学してまだ二ヶ月しか経っていない私でも名前を知っている男子学生の姿だった。


 理由は二つ、その男子学生は『変な名前』の『生徒会長』だからである。


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