笑うバンダナのおとこ
*
回想終了。
―――ごんっ。
「……っく、ば、馬鹿だろ、アイツ……!」
「俺には、お前も雨里も同じように見えるぞ」
カウンターに額を打ちつけたまま笑いを堪えている陽介さんに、古場さんが心底呆れた声を出した。 今日は生徒会の関係で学校に居残りだとむくれていた中谷会長を思い浮かべ、ですよね、と、私は古場さんに頷いてみせた。
あの日から三週間。
私は既に片手指以上の回数だけ、『BLACK D●T』を訪れていた。中谷会長と一緒だった時もあるし、一人だった時もある。
雨が降っている日は、ほぼ毎日来た。梅雨の季節ということもあり、私が此処に来た回数は店の存在を知って三週間にしてはかなり多いものだ。けれどそのお得さを知ってしまったからには、私には雨宿りサービスが逃せないものに思えてしまって仕方が無かった。
私の前に湯気立つカップのある今日も、外からは雨音が聞こえている。
陽介さんとは、『BLACK D●T』二回目の来訪で対面した。
陽介さんを初めて見たときの印象は、「大きくなった中谷会長」だ。それほど二人はよく似ている。中谷会長が制服を着替え、髪を少し切り、頭にバンダナを巻き、ピアスを開け、伸長差をカバーする分の厚底靴を履けば、それが陽介さんだと考えていいぐらいだと思う。
顔のパーツはほとんど同じで、違うのは陽介さんの方が吊り目がちだということと、中谷会長の方が若干幼く見えることだけだと言える。二人とも、お祖父さんの若い頃に似ているとよく言われるらしい。
あらかじめ従兄だと聞いてはいたけど、カウンターの中の陽介さんとカウンターのこちら側の中谷会長、二人の顔が並んでいるのを見て、私は思わず「兄弟でしたっけ」と尋ねてしまった。
そしてやはり、聞いたところによると、同じ苗字だということもその理由の一つであるとはいえ、そう間違えられることがとても多いのだとか。
「いやー、俺にはそんな思わせぶりなことは出来ねぇな」
「どの口が言う、天然タラシ。学生時代を忘れたとは言わせないぞ」
腕を組んで首を傾げる陽介さんの肩を、古場さんが小突く。
恨みがましい声で「学部の女の子が何度俺に泣きついてきたことか」と言うものの、その表情は笑っていた。それが積み重なったせいで慣れてしまった、という諦観の苦笑だ。
「え、そんなことあったのか? ちょ、言えよ、そういうことは」
古場さんの言葉を聞き、陽介さんが慌てる。
しばらくにやにやと笑う古場さんに食って掛かっていたけど、ふと真面目な表情になったかと思うと、陽介さんは私に尋ねてきた。
「もしかして、颯子ちゃんも俺のこと天然タラシだと思ってる?」
「あ。……えっと」
今は思ってない。
――まぁつまり、前は思っていたということだ。