アイテム:傘、購入
「この雨、しばらくは強くならないみたいだねぇ」
入り口まで近づいて空を見上げていた中谷会長が振り返る。湯のみを片付けていた古場さんが、帰るのか、と顔を上げた。
「止むかどうかまでは微妙だしね。んー、笠見さん、いい?」
中谷会長の確認に、私は頷く。このくらいの雨なら、雨嫌いな私でもまだ許せる範囲だ。
「あ、傘貸して。合羽は置いてくから」
「売り物からは取るなよ」
「取りませーん。俺と笠見さんの分、二本ね」
階段を上がっていこうとした中谷会長に、私は慌てて言う。
「いいです、私の分は。これ、買いますから」
商品を見ている間に考えていたことだ。
朝バスに乗ろうと決めた時に思い浮かべた通り、私の傘は壊れたばかりで、今月は特に欲しいものは無い。そのおかげで、財布に余裕はある。
それに丁度気に入ったものを見つけた。紺色で、円状に並んだ六つの雫が花を描いている傘だ。ふちに白い線も入っていて、私好みの、可愛すぎないおしゃれなものだ。
私がラックから取った傘を見て、古場さんがカウンターから出てきた。
「気に入って、買ってくれようとしてる?」
苦笑交じりの言葉が、買うのが礼儀だと思ってないか、と聞こえた。
私は少しだけむっとして、そうですよと答えた。形式の礼儀のためだけに、この私がお金を支払うものか。そんなことするぐらいなら本を買うために取っておく。
古場さんはやはり人の気持ちを察するのが上手くて、
「そうか。ならいいんだ」
私の心の中を理解したように何度か頷いてから、苦笑してごめんごめんと頭を下げた。
「あ、じゃあさー」
何かを思いついたらしい中谷会長が、ニッと笑って手を伸ばし、私から傘を取った。
「これ、俺に売ってよ、圭太さん。で、笠見さんが俺に代金払って?」
――中谷会長を経由する意味が分からない。
私は眉を寄せたけど、古場さんは合点が言ったらしい。
「あぁ、……成程な、いい手だ」
「でっしょ?」
笑いあう二人に入り込めず、私はただ首を傾げる。……だけど、
「じゃあ、店員割引で三割引いて――」
その古場さんの言葉で私も納得した。
確かにお得な、いい手である。