-junior high school- spring 6
4月13日。
僕は基本的に登下校は高田とプラス不特定多数で済ませているのだが、今日は1人だった。といっても、あくまで“基本的に”なので、別にそうそう珍しい出来事でもない。週に1回あるかないかの割合だ。一人でも全然困らないし、ぶっちゃけ昨日高田によって酷い目に遭わされたので、グッドタイミングと言えなくもない。
見慣れた廊下を歩きながら、僕は昨日の佐上と鶴嶋の会話を思い返していた。
もちろん、あれはあくまで会話の一部始終でしかない。端から端まで、プロローグからエピローグまで全てを余すところなく聞いていたわけではないのは分かっている。だけれど、その短い会話の中に、気になる単語がいくつか出てきていた。
『ついカッとなっちゃって……』
『許せなかったんだよ。だって京ちゃんは悪くないのに……』
『あれは不可抗力だし――――』
『僕はさ、京ちゃんを侮辱する人間がひたすらに許しがたいだけなんだよ』
『京ちゃんのことは、まだ学校側には伝わってないんでしょ? 周りに知られたらいろいろと面倒だし、まだ公になっていないうちに京ちゃんのことはもみ消さなくちゃならなかったんだけど……』
『生徒を人質に取られたら学校側だって成す術なしだろうからね』
『ただの個人的な怨恨に突き動かされての行為じゃないんだよこれは。至極合理的な手段なんだ。僕の恨みも晴らせるし、京ちゃんの罪も晴れる』
『正確には、なすりつける形になるんだろうけど、それはまぁ誤差の範囲』
以下は佐上の言葉を抜粋したものだ。
これだけを聞く限りでは、やっぱり漠然としたものしか想像できない。ただ、この会話によって立証できたことが1つある。
鶴嶋は過去に重罪を犯し、それについて佐上は常人以上によく知っている。そして佐上は鶴嶋の罪を他人になすりつけることで逃れさせようとしている。つまり鶴嶋と佐上の間には、他の人にはない繋がりがあるということだ。切っても切れないくらいの、一生付きまとう繋がりが……。
それだけでも収穫か。
しかし……、あの臆病な感が否めない佐上が、まさかあんなに物騒な話を平気な顔して言ってのけるとは。人間って恐ろしい。
…………と、おい。
ちょっと…待てよ?
『京ちゃんを侮辱する人間』?
『個人的な怨恨』?
――――『ついカッとなっちゃって』?
「待てよ……そんな、そんなこと……佐上だぞ? あいつが……あいつが、そんなことできるはず……」
「なーにブツブツつぶやいてんだ、みっくんよ」
無意識に言葉に出していたらしく、後ろからグイッと首に腕を回された。
言うまでもなく、高田の仕業だった。僕が1人でいると狙ってくるんだよなこいつは。もしかしたら昨日のことを少なからず反省してるかなどうなのかな、とうっすら期待していたりしたのだけど、完膚なきまでに全否定された。再認識。こいつは良い意味でも悪い意味でも、過去を振り返ることをしない。
ついでに高田は、これまた言うまでもなく友達が多い。頃合いを見て僕のところへ来るらしい。迷惑といえば迷惑だが、ありがたいと言えばありがたかった。しかし、今日は無論前者だ。
「昨日のこと、憶えてるだろ」
「…つーと、佐上たちのことになんのか?」
「あぁ。……ちょっと、恐ろしいことに気づいてしまってね、どうしたもんかと今さっき思い悩んでいたところだったんだ」
「恐ろしいことって何だよ」
「いや、これは恐ろしい。今や佐上は完全に僕の中でブラックリストに登録されている人物だ、普通じゃ考えられないような凶行に及んだとしてもおかしくはない……むしろ、あの言い分からなにか行動を起こしていない方が僕としては恐ろしい……」
「おーい、出くーん? 出湊くーん。聞いてるかなー。突発的に聴力下がったかのかなこの子ー」
「高田」
「はいはい、何よさっきから好き勝手だなお前は」
「携帯持ってるか?」
「持ってるけど。って、あ、おい、何言わせてんだよ、先生に聞かれたら即没収…」
「貸してくれ」
「マジで何なんだホント……、分かったから、場所移させてくれよ。ここ廊下だぜ? そんでもって8時5分だぜ? そろそろ一般の生徒が来る時間帯だぜ? 俺の携帯を永久凍土させる気か?」
「どこでも構わない。とにかく一刻も早くあいつと連絡を取りたいんだ」
「あいつって誰」
「すぐ分かる」
僕と高田は教室前の廊下を全速力で駆け戻り、階段を下りて視聴覚室に向かった。この教室だけは、常時鍵がかかっていない。
僕ら3年生の教室は3階にある。2階は1年生の教室と一般的な特別教室。1階は職員室や保健室など。一部生徒立ち入り禁止区域があるので全容は分からない。
視聴覚室は2階の奥にあった。視聴覚なんていっても、実際に視聴力検査をするのは保健室なので、この教室に存在価値は存在しないということになる(余談だが、中等部の頃から思っていた疑問の1つに、“なぜ年に1回の視聴力検査をするためだけに1つの教室を割いてしまうのか”というのがある。これは未だ解決されていない。考えてみてほしい、そして出来れば教室の割り振りを決定する校内の上層部の人間になったつもりで考えてみてほしい、視聴覚室など必要か? 不必要だろう。全て保健室で事足りるじゃないか。現に今まで視聴覚室には総合や学級活動の授業で何度か行ったことがあるが、いずれも校外学習のビデオを観たりプレゼンテーションによる発表の際などにしか使わなかった。全く別の用途に使われてしまっているのだ。以下のことから、視聴覚室は即刻廃止、せめて改名をすべきだと僕は思う)。
「ここなら誰も来ないと思う」
「うはー……視聴覚室なんて久しぶりに来たよ」
「じゃあ、そろそろ携帯を貸してくれないか」
「いいけど、何に使うんだ? 勝手に人のプライバシー覗き見たりするなよ」
「……ロックかけてないのか?」
「わずらわしくなってさ。メール来るたびに端末暗証番号押さなくちゃなんないのも面倒だし」
「お前にプライバシーを語る資格はない」
「ズバッと言うなお前も」
高田から携帯を拝借すると、11桁の数字を素早く入力して発信ボタンを押した。
鳴り止まないコール音が不安を増幅させる。
唐突にコール音が止まり、口を開きかけたところで、留守電サービスに接続する無機質なアナウンスが聞こえた。
パワーボタンを押して待ち受けに戻すと、僕は携帯を高田に返した。
「だめだ……つながらない」
「だから誰に」
「つながらないということは手元に携帯がないということで、手元に携帯がない高校生なんてのはなかなか珍しいことから考えると、つまりあいつは手元に携帯がないというわけか」
「何言ってんのか理解不能になってんぞおい」
「高田」
「何だよ。てか人の話1ミクロンも聞いてねぇだろ」
「僕の予感は外れてなかったよ……出来れば外れていてほしかった予感だったのに、何てことだ……」
僕はしばらく頭を抱えた後、視聴覚室の扉を開けて廊下を走り、階段を駆け上った。すでにチャイムは鳴ってしまっていたので遅刻はまぬがれないが、それよりもまず第一に確認しておきたいことがある。もしかしたら、本当にわずかな可能性だがもしかしたら、外れているかもしれない。
「教室に行こう」
「ったく、お前冗談抜きでなんか精神病にでもかかったのか? こんなに慌ただしいやつじゃなかった気がするけどな…って、お、ちょっ、待てよ出! お前ホントにインドア派かよ、すげぇ脚力だな!! 置いてくなよ、おいっ!!」
みなさんご存知だと思いますが、みっくん、超おバカな勘違いをしております。
視聴覚室は、視聴力検査をするための教室ではありません! 視覚と聴覚を使った授業を行うための教室です(合ってるかこの説明)!
アルマジロはもちろんご存知ですよ。えぇ、ご存知でしたとも。先週友達に教わったもんね。これで私も視聴覚室のことを説明できますよ。よっしゃ!
えー、というわけで、今回は都合上、若干短めです。というのは、もうこの際隠してもしょうがないから暴露しちゃいますけど、次回は語り手が変わるんですね。はい。ホントはそんなつもりなかったんですけど、そしてこれ以降そういう事態は起こらないよう気をつけるつもりですけど、今回ばかりは許して下さい。不可抗力なんです!
すごくどうでもいいけど、寛人の携帯には銀で縁取られたガラス製の青いスペードマークのストラップが付いてます。うーむ、どうでもいい。