-junior high school- spring 4
先に言っとく。
亮介は悪い子じゃないんだよ!
嫌いにならないでね。お願いします。
引き戸を開けて入ってきたのは、見知らぬ先生だった。
「ん?」
見間違え、か?
それとも、操先生、イメチェンしたのだろうか。
「えっと、ですね」
素性の分からない謎の先生は、教卓の前まで来ると、「何と言っていいのやら」とぼやいてからクラスメイトたちを見た。
もちろん、僕たちはこの人物のことを知らない。
「操先生は……」
なので、その後に続く言葉も、当然予想できるはずもなかった。
平々凡々に始まるはずだった、4月10日。
突然入ってきた先生は言った。
「失踪しました」
昨日の夜、操先生は宿直で、夜遅くまで学校の職員室に残っていました。
仕事を終え、校内の見回りをし、最後に職員室の電気を消して、先生は学校を出ました。
午後11時ごろ帰宅し、12時前には就寝しました。
次の日の朝、寝室に先生の姿はありませんでした。
先生は、毎朝6時には起きていました。
今朝は早起きをしたのだろうと判断しました。
玄関に先生の靴はありませんでした。
スーツも、カバンも、書類も……先生が出勤した後にはなくなっているあれこれが、玄関に投げ出されていました。
家中捜し回っても、先生は現れません。
先生自身と、靴だけが、その場からなくなっていました。
学校へ電話をしてみても、先生は学校にはまだ来ていないと言われました。
先生の携帯にかけてみると、彼の部屋から着信音がしました。
先生は携帯も置いていっていました。
先生との連絡手段が、完全に絶たれました。
その後、すぐに警察に捜索願いをし、近辺を捜し回りました。
先生はいませんでした。
「失踪……か…」
配られたプリントをもう一度読み返し、僕はため息をついた。
先程入ってきた先生は非常勤講師らしく、操先生が見つかるまでこのクラスの臨時の担任を務めることになった。
「このプリントは、操先生の奥さんから事情聴取をした際の証言をまとめたものです」
文庫本ほどのサイズの小さな紙切れ。手書きの文章をコピーしたらしくところどころ薄れていたが、文字からはこれを書いたのであろう先生の奥さんの放心した内情が読み取れた。
ショック……だっただろう。
昨日までいつも通りに勤務していた夫が、ある日突然いなくなったら。
しかも消えた時の状況が普通じゃない。
「気になるのは、やっぱり……玄関の産卵具合と、携帯についてだな」
「……お前、冷静だな」
考え込んでいると、隣から暗い声が重く響いた。
「いや、逆に高田が沈み過ぎてるんじゃないか? 失踪ったって……そんな大事の様には見えないけどな」
「大事だろ。先生がいなくなったんだぜ? 時期考えろよ、学校始まって何日目だ? どう考えたところで、変だろこんなの……」
変、か。
それは、そうかも知れないとは思う。学校が始まったのが4月5日。それから一週間もたっていない。
このタイミングは――――おかしい。
それこそ、新学期直後にやってきた転入生さながらに。
「今、俺のこと疑ったろ?」
チラッと頭の隅で思っただけなのに、そして口に出したわけでもないのに、“転入生”は不機嫌な声で訴えた。
「疑ったって……何を?」
僕は観念して、左斜め135度振り向いた。
「僕がお前を、何において疑ったって言うんだ?」
「っと、失言ソーリー。てか、過言ソーリー? どっちでもいいや。みっくん今、チラーっと操先生の失踪と俺の転入を関連付けなかった?」
「…………別に、そんなことは」
「してた。絶対してたよ。俺はこの目ではっきりと見た」
「思想は視認できねぇよ」
まさか大原、読心術を心得ているのか。
……なんちゃって。そんなはずはない。高田だって会得していないのに、まだ正体が分からないこの人物がそんな無茶なキャラだとしたら、僕は泣くぞ。泣いちゃうぞ。
「言うまでもないけど、全くの無関係。俺は圧迫です」
「圧迫?」
何か重荷を背負っているのだろうか。
「あ、じゃない潔白です」
「なかなかない間違いだな」
「“け”と“あ”を間違えて毛穴全開」
「それが言いたかっただけだろ」
どんなギャグだ。
「とりま、先生が失踪なんてことになっちまったからにゃ、このクラスは臨時休業か」
「んなわけない。義務教育はそんなに甘くないんだよ」
「えー。ちょっと期待したんだけど俺」
「不謹慎なやつだな……」
「臨機応変なプレイボーイといってくれ」
「ただの遊び人じゃねぇか」
「差別だ!! 全国の臨機応変なプレイボーイに対する冒涜だ侮辱だ陵辱だ!」
「全国規模で考えるほどいないと思うけど、臨機応変なプレイボーイ」
「とりあえずここに1人」
「はい1人カウント」
「向こうにに1人」
「あ、そりゃ違う。光村は臨機応変なプレイボーイじゃなくて校内有数の健全なチャラボーイに認定されたんだ」
「それはプレイボーイとは違う?」
「違う違う、健全だしチャラだし」
「チャラって聞くとドラゴンボールを思い出すな」
「カメハメ波打つぞこの野郎」
「何でそこでキレる!?」
ともあれ、昨日今日と朝からお騒がせな1組。
僕としてはもちろん不本意だが、大原が言った通り本日は午前中で下校となった。
まぁ、いきなりのことだし。
翌日、4月11日。
「今日はエイプリルフールでついた嘘を明かさなくちゃならない日なんだぜ」
「理に適ってねぇよ」
というような会話をしながら、僕と高田は教室に入った。
午前8時。
クラスメイトの5分の1ほどが集まっている状態。
この後、5分刻みで、朝練を終えた運動部員→時間にルーズな一般生徒→友達と話しながら登校してきた女子グループ→遅刻常習犯の面々、の順でやってくる。
朝読開始のチャイムが鳴る8時20分までに登校してこない生徒は遅刻。ここら辺はそれほど厳しくない。
しかし、安全性を考慮して、僕と高田は8時ちょうどに登校している。悪い心掛けではないだろう。
「おはよう、みっくん」
後ろから朝の爽やかな挨拶。
この陽だまりのような温かな雰囲気は、きっと彼女だろう。
「ん、おはよう朝井」
「よぉ、お前はいつも朝が早いな」
「家が近いからね」
「いいよなー朝井は。家から学校が見えるんだろ?」
「直線距離だと、100m弱」
「近っ!」
朝井日向。
8時前から既に登校している、考え様によっては僕たち以上に用心深い人物。一般論から言えば、朝が早い。
「昨日は、いろいろと驚きの連続だったから、これでも寝つけなくて、今日は遅い方だよ。みっくんたちは規則的だよね」
「まぁ、な。朝からグダグダなのは目覚めが悪いし」
「出って何時に起きてんの?」
「午前6時」
「……家出るのが、7時40分だろ? その間、何やってんの?」
「新聞読んだり、コーヒー飲んだり」
「うわっ、サラリーマンかよ」
「カフェインは朝に摂るべき成分だと思わないか?」
「それ分かる。コーヒー飲むと頭がスッキリするよね」
「え、マジ? 出も朝井も朝はコーヒー飲んでんだ」
「高田は飲んでないの?」
「あー……俺は……時間ないし」
「というのは建前で」
「本当はコーヒーが飲めないんだよね。高田くんって餓鬼だよね」
「!!!! うわ……今来たわ……心臓部に来たわ……これがホントのハートブレイク……」
この女生徒、実は隠れ毒舌キャラである。
高田がブロークンハートなので、代弁。
キャラの解説って楽しいかも。
「あ、鏡崎くん」
「あ」
とっさに後ろの引き戸を見やると、たしかにそこにはやつがいた。
……よな?
あれ、鏡崎だよな?
なんか、えらく落ち込んでいるようだけど…。
「…………昨日の先生の失踪が原因だな、うん」
「鏡崎くん、どうかしたの?」
「…………」
「?」
「…………」
「おーい、鏡崎?」
「…………帰りたい」
「は?」
高田と朝井が、揃って首を傾げる。
ナイスなことに角度が等しい。
何の以心伝心だ。
「帰りたいって……どうしたよ? 具合でも悪いのか?」
「……あ…………ん? 誰かと思えば、高田くんと朝井さんじゃないか。いつからそこにいた?」
「え、さっきからいたけど」
「僕としたことが、気づかなかったよ……」
気丈に振舞っているように見えるが、明らかに様子が変だった。
そんなにショックだったのか、操先生の失踪。
「――――はぁ……」
おぼつかない足取りで自分の席へと歩き、カバンを置いて机に顔を伏せる鏡崎。以後、死んだように動かない。
「鏡崎くん、どうしたのかな?」
「さぁ?」
「余命宣告でもされたような表情してたね」
「ありゃ1ヶ月もたないパターンの表情だった」
「これが花嫁だったら感動ものだけど」
「まぁ、死なねぇだろ。死んだところで感動ものじゃねぇな」
「逆に白けるのが目に見えてるね」
「だな」
朝井の毒が高田に移った。
くそ、いいやつだったのに。
「いっそこの手で……」
「ちょ、待て待て。この話、今のところキーワードに『残酷な描写あり』はないからそれはまずい!」
不毛な言い争いをしている残酷な描写@三次元たちをよそに、再び引き戸が開かれた。
時計を見ると、8時12分。
時間にルーズな一般生徒がやってくるころだ。
「そろそろ席に着こうかな」
のんびり移動しかけたその刹那。
とまった。
僕の足だけではない。
高田も、朝井も、その他教室にいたクラスメイト全員が。
瞬時に、とまった。
「…………」
「…………」
「…………」
鶴嶋京平。
滅多に登校してこない不登校児が、教室の中でただ1人、自分の席に向かって歩いていった。
「いい朝だね、鶴嶋くん」
自分の席に座って本を読む鶴嶋に、鏡崎が皮肉げに言った。
こいつ、いつの間に回復していた。
いや、ダメージを喰らっていたわけではないけれど。言葉のあや。
「学校で会うのは何ヶ月ぶりかな? 半年? もうそれくらいたってるね」
「…………」
「学校には来るんだ……去年は2度しか来なかった癖して、3年になったとたんどうしたんだい? さすがに留年を恐れたのかな? 今年は進級テストもあるからね」
「…………」
「不満を言うわけではないけどさぁ。君みたいにやる気のない生徒が、今日みたいに気まぐれに学校に来るの、やめてほしいんだよね」
「…………」
「君が教室に入ったとたん、空気が変わったのが分からない? 皮膚科の先生紹介しようか? いや、君の場合は……精神科医か」
「…………」
「そうやってだんまりを決め込むのって悪い手じゃないけどさ、取調べじゃないんだから、黙秘権なんて通用しないよ。それとも、何か後ろめたいことでもありそうな態度だよね……見様によっては」
漠然と、鏡崎が誘導したい話題が分かってきた。
こいつらしい、回りくどい手段だ。
「…………」
「いつまでも黙っていればいいと思ってもらっちゃ困るよ。何も言わないことは意思表示じゃない、ただの逃避だ」
「…………」
「もしかして、君が今日登校してきたのって、操先生が失踪したのと何か関係があるなんてこと――――」
「――――やめてよ!!!!」
バン、と。
机に両手を叩きつけた音が響いた。
窓際の席の男子が、我慢しかねたといった風に立ち上がっていた。
鶴嶋ではない。
「鶴嶋くんは……関係ないよ。ただ登校してきただけだ」
「…………」
「…根拠もないのに、人を疑うのって…………良く、ないよ……」
急激に勢いをなくしていく声。
「……フン」
鼻で笑って、鏡崎は声の主を睨んだ。
「早合点はやめてほしいな。僕がいつ、誰に、鶴島くんを疑っているなんて言ったんだい?」
「…!! ……」
「疑ってるのは君の方だよ。人のことを言えないね」
「…………」
冷たく言い放たれ、すっかり畏縮してしまったらしく、反論の言葉はなかった。
怒ると怖いよなー、こいつって。
「…………おい」
鏡崎が口を開きかけた、その時。
鶴嶋が席を立ち、鏡崎の席に近づいた。
「…………」
ヤバイ。
殴るか?
鶴嶋のガタイから見ると、喧嘩とか結構強そうな気がする。
ていうか、完全に傍観者だな、僕。
現場はこんな雰囲気じゃありませんよ。
「何が言いてぇのか知らねぇが」
低い声で唸るように言う鶴嶋。
貫禄あり。
「いい加減黙れ。耳障りだ」
それだけ言って、鶴嶋は席に戻ることはせずに、そのまま教室から出て行った。
「…………」
「…………」
引き戸が閉められる音が、エコーのように長い余韻を教室内に残した。
鏡崎は思案顔で、先程異議を唱えた男子を睨んでいた。
それきり、鶴嶋は教室には戻ってこなかった。
これもまた、話題の一部が持ち越し……。
私の書く小説は、無駄話が多いんだな。夏輝との絡みとかコーヒーの件とか、削れるネタはたくさんあるんだけど、ここら辺はノリで思うがままに書いてるから…とまらない…きり悪いのとかやだし…。
京平をかばった声の主とは一体誰でしょう。
つっても、次話で普通に明かすんだけど。この人物、春キャラの中である意味一番恐ろしいかも……ついに『残酷な描写あり』にチェック入れなきゃならない時が来るのか……。
いや、ないに越したことはないですけどね。ホント。