-junior high school- spring 3
え?
今、何て言った?
何で。
どうして、この人物が。
彼女のことを知っているんだ?
「おはよっす、出」
本日、4月9日。
新学期が始まって4日目の朝は、いつも通り平々凡々に幕を開けた。
「おはよう、高田」
僕はいつも通り、返事をする。
「おいおい……あのさ、出。俺は、とどのつまり朝の挨拶ってのは爽やかさが求められると思うんだよな。そりゃ、『Good morninng,Takada!』とまでは言わねぇよ? 言わねぇさ。だけどさぁ…こう、なんつーか…何、朝から何か気分を害す出来事でもあったのか?」
「いや別に……そういうことは」
正直言うと、ないでもなかった。
しかし、こんなこと、何も知らない高田に言ったところでどうにもなるわけでもない。それに、元はといえば僕が悪いようなものなのだ。相手側が誰かに言うようなことではあっても、自らが自らで言う話でもない。誰だって、自分の失態を話したがるなんてことはないだろう。
そう、僕は大分前に、放置してはおけない失態をしてしまっていた。
あれはあれで、及第点ではあったのだから、わざわざ正解を匂わせる必要はどこにもなかったよな……。あぁ、何が『言わずもがな』だ。何で最後の最後にカッコつけようとしたんだ、僕は!
「ないけど?」
「絶対あるよな。その長い地の文に何が隠されてんだよ……俺は読心術とか心得てないからそういうの分からねぇよ」
「ないない。まさか、こんな爽やかな朝に、春休み中にいざこざを起こしたガールフレンドに朝早くから携帯の着信で叩き起こされるなんてこと、あるわけないじゃないか。ここは日本であってコメディードラマの冒頭部分ではないんだよ?」
「…………」
全てを悟ったような顔をして、高田は静々と僕の隣の席に着いた。
ん? 何かおかしなことでも言ったかな、僕。
「…………」
何で静かなんだ高田。たしかに今日の僕は若干ローテンションではあるけれど、それこそ気分を害すような対応ではなかったと思うけれど。反抗期ってやつか。この時期に反抗期ってやつが到来したのか。
「…………」
言っててばかばかしくなったので、自主規制した。僕じゃあるまいし、高田は反抗期を気取るようなキャラではない。そして僕も、姉じゃあるまいし、高田が反抗期になったところで病院に連れて行ったりなんて愚行はしない。
反抗期になった弟を病院に連れて行く姉なんているのだろうか。いや、いるはずがない。いていいはずがない。
僕が居心地の悪い空気に耐えていると、救世主のごとく教室の引き戸が音を立てて開いた。
入ってきたのは去年赴任したばかりの新米教師、操先生。いつになく引き締まった表情をしている。
暗黙の了解で、僕らは起立して「おはようございます」と挨拶をした。まだ委員長やら何やらが決まっていないので、クラスのリーダー的存在がいないのだ。
それに軽く会釈をして応えると、操先生は教卓に両手を付いて、引き締まった表情をさらに硬くして言った。
「みんな、大事件だ」
……。
?
えと……どういうことだろうか。
「今日、このクラスに転校生がやってくる」
台詞の後半部分は、クラスメイトたちのどよめきで聞こえなかった。
転校生。この、妙にタイミングをずらしてしまった形でやってきた、転校生。普通は3学年進級に合わせて、自然な流れで転入するものではないだろうか。なかなか珍しいパターンだ。一体どんな人物だろう。
「実は、既に教室の前まで来てもらっている。まだ制服が間に合っていないので、以前いた学校の制服を着ているが、そこはまぁスルーしてやってくれ」
簡単な注意事項を述べると、操先生は先程入ってきた引き戸を細く開けて、向こうの人物と二言三言会話を交わした。僕は前から4列目の席なので、話の内容は聞こえなかったけれど、先生は引き戸を大きく開くことで転入生の登場を示唆した。
こういうのって、もちろん転入生側もかなり緊張するのだろうけど、なぜか受け入れる側の僕も緊張してしまう。気になって横にいる高田を見ると思いの外リラックスした佇まいで、特に不安げな様子もなく転入生の登場を待っているようだった。右脳発達型キャラの強いところ。
程なく、開け放たれた引き戸から転入生がやってきた。
……おぉ。
いいな、ブレザーとか。学ランって、僕、あまり好きじゃないんだよな。中学校でブレザーとか結構珍しいけど、うちも高等部にあがればブレザーだし。うん、この人物、なかなか大物の予感がしなくもない。
「――――っと……」
若干戸惑った表情を見せながらも、なんとか教卓の前まで歩みを進め、転入生は挨拶した。
「葉林付属学院から、一身上の都合? で、この学校に転入することになりました、大原夏輝です」
葉林……?
聞かない学校名だった。付属学院ということは、病院に学校がセットになっているということか? それはまた、珍しい。
転入生――――大原は、僕らに向かって一礼すると、『次はどうすりゃいいんですかね?』というような表情で操先生を見た。
対して操先生は、
「まぁ、そういうわけで、転入生の大原夏輝くんだ。彼が言った通り、一身上の都合で、タイミングをずらしてこのクラスに入ることになった。みんな、仲良くするように」
転入生が来た時のお決まりの台詞を言うと、
「えーと、席については……茉莉沢の隣が空いてるな」
僕の左斜め後ろの席に目をやり、
「じゃあ、そこの席に座ってくれ」
着席するよう促した。
おぉ、マジか。
まさかの転校生、まさかの左斜め後ろ。
なんか別の意味で緊張するな……。
「大原くんの出席番号は11番だから、それ以降の出席番号の人は1つずつ後ろにずれることになるからな」
11番。っていうと、誕生日は8月辺りか?
といえば、悠木さんの誕生日だ。たしか、8月19日。僕の誕生日の、ちょうど1ヶ月後にあたる。
「えー、じゃあ、出席を取るぞー。河園さーん」
「はい」
「平内くーん」
「へーい」
それからはいつも通りのホームルームだった。
なんだか拍子抜けしてしまった。この時期の転入生って、実はそんなに珍しくもないのだろうか?
高田も、依然として表情に変化はないし。
興味がないことに関してはわりと冷めてるからな、こいつって。
「出くーん」
「え?」
他のことを考えていたため、名前を呼ばれたのに気づかなかった。
「あ、はい」
「どうした? 具合でも悪いのか?」
「いえ、…大丈夫です」
「そうか」
隣にいる高田が、えもいわれぬ哀愁を漂わせた顔で僕を見つめていたが、数秒間シカトすると顔を前に戻した。
さっきから何なんだこいつは。
「1時限目は社会だな。くれぐれもチャイム着席を守るんだぞ」
やがて操先生も教室から去り、軽い休み時間的な余裕ができる。
と、その時、後ろから背中をつつかれた。
「?」
後ろの席は茉莉沢だが、彼女は僕を背中越しにつついたりしない。ということは。
「あ、俺俺」
彼女の隣に位置する人物。
大原が、あいまいな笑みを浮かべてこちらに身を乗り出していた。
言うまでもなく、詐欺ではない。
「勘違いだったらメンゴなんだけど、もしかしてあんた、出湊?」
……ん?
あれ、おかしいな。
僕、多分この人物とは、初対面のはずなのだけれど。名乗った覚えもないはずなのだけれど。
何者だ。
転入初日から何者だ、この人物。
「…………」
「……?」
「…………」
「あー……すんません、間違えまし」
「あ、いや、合ってるよ。君の言う出湊とはまさしく僕のことだけど……」
僕が聞きたいのはそんなことじゃない。
「なーんだ、やっぱり。そんな渋い顔で黙られたから、心配しちまったよ」
「何で僕の名前を知ってるの?」
「え? あー、はいはい、そりゃそっか。うん、あんたからしてみりゃ、その反応もないじゃないわな」
「?」
「あのさ。悠木瞳って、知ってんでしょ?」
え?
今、何て言った?
何で。
どうして、この人物が。
彼女のことを知っているんだ?
「……な、んで…」
「実を言うと、俺、悠木瞳とは知り合いなんだ。てか……ん、まぁ浅からぬ縁ってやつ」
「知り合い?」
「そ。ちょっと……いろいろあってさ。一身上の都合ってのは、それ」
「……はぁ」
「詳しいことは説明めんどいから端折るけど、ぶっちゃけ俺、悠木瞳の紹介でこの学校に来たんだよ」
「……マジ?」
「マジマジ。ちょうど、ここら辺に滞在したくてさ。どっか良さそうな学校ないかって相談してみたら、『友達がいる』って、この学校を勧められたってわけ」
「へぇ」
「知らないだろうけど、悠木瞳って結構人脈あるんだぜ。俺の他にも、海外にも知人が数人いるって言ってたし、この辺りにも従姉弟が住んでるって前に聞いたな」
じゃあつまり、大原は悠木さんと面識があるのか。
それは意外な接点だった。
「当たり前だけど、俺、この学校で知り合いとかゼロだからさ。ま、お互いフレンドリーなお付き合いと洒落込もうぜ」
随分とライトな性格のようだった。
悠木さんとは、相談し合えるくらいの仲なのか。
ノリ良さそうだもんな、大原って。
のわりには、いちいちフルネーム呼びなのが疑問ではあるが。
「じゃ、そういうわけで。悠木瞳に会ったら、よろしく伝えといてくれよ」
「あぁ、……分かった」
そんなこんなで、今朝は驚きのダブルサプライズが待っていた。
……予期せぬ事態は、これで最後にしてほしい。
しかし。
そういうわけにも、行かないようだった。
無意味な質問をします。
葉林付属学院、大原夏輝。
この固有名詞、見覚えのある方、まさかいたりしませんよね? いるはずないですよね……いたりして……やだやめて……怖いわ……。
本当は本題に移ろうと思ったんですけど、なんか思った以上に夏輝登場までに文字数使っちゃったんで(きりも悪いし)、次の話に持ち越します。
悠木瞳の伏線に気づいた人、どれくらいいたんだろ……。