-junior high school- spring 1
あー……くそ…。
まさか、こんなに悩むことになるとは思いもしなかった。
この手の二者択一って、どちらもどちらでそれぞれに利点と欠点がほぼシンメトリーに配置されてるんだよな……。こんなに悩んだことなんて“ポケットモンスター”のダイヤモンドを選ぶかパールを選ぶかって時以来だ。
結局僕はダイヤモンドを選んだのだが。パッケージのポケモンが青をイメージカラーにしたデザインだったからという、それだけの理由だ。
「あぁ…僕はどうするべきなんだ…どっちを選べばいいんだ…」
いっそ天の神様の言うとおりにしてみようか。いや、あの選択方法のメカニズムは解明済みだ。二つの選択肢をそれぞれA、Bとすると、ショートバージョン(どちらに~言うとおり)では、Aから始めればもう一方のBを選択することになる。Bから始める場合もまた然り。ロングバージョン(~鉄砲撃ってバンバンバン。すごく思うのだが、なぜここで鉄砲を撃ってしまうのだろう。文字数稼ぎなのだろうか。擬声語を使ったり、なんだかいかにもわざとらしい)では、始めた選択肢を最終的に選ぶことになる。
もしかしたら夢を壊してしまったかもしれないが、こういう選び方は良くないという、また現実に天の神様なんてものは存在しないという意味で言っておく。参考にしてくれたら嬉しいな。
「お前、さっきから何一人でブツブツ言ってんだ?」
引き続き悶々と悩んでいたら、肩を叩かれた。
「その声は高田?」
「お前、そのフレーズ多用しない方がいいぞ。気の早い読者は、早くもお前を『声を聞くだけで誰なのか識別できるキャラ』って認識し始めてるかもしれないぜ」
「それは困るな。僕が声で人を判断できるのは、声が発せられる際に発生する空気の波を感じ取っているからなのに」
「だからそういう誤解を招くような発言は控えろっての」
この、やたらと僕のキャラを心配する人物は、名を高田寛人という。一言で済ませると、僕の友達だ。始業式が終わって3年1組の教室へと向かう途中の廊下で、間抜けにもネームプレートを落としたやつがいて、しかも落としたことに気づかずにシカトしていて、見ていられなくなった僕は良心を発揮してネームプレートを拾った。が、記された名前を見ても誰だか分からない。ひとまず教室に戻って落ち着いたら返そうと思いそのままやり過ごしたのだが、出席番号順で僕の隣の席に着いたやつはネームプレートをつけていなかった。そして未だ気づいていなかった。なので僕は隣の人物にネームプレートを返してあげた。そしたらなんか必要以上に感謝されてしまった。で、最終的に仲良くしようぜ的な空気になって、現在に至る。
僕の学校は毎年クラス替えが行われるという、珍しい規則がある。中・高・大とエスカレーター式なので基本的に受験の心配をすることがなく(もちろん進級テストはあるが)常にのほほんとした雰囲気が漂いつつあるのが現状だ。よほど重大な事件をやらかさない限り、とりあえず高校までは進路を確定されたようなものなのだ。高校入試を経験する機会を失くしてしまうのは口惜しい気もするけれど、じゃあ敢えて別の高校を受験するかと言われれば答えは否だろう。誰だって安定した進路へ進みたいと思うのは当然のこと。レールが敷いてあるのならそのレールに沿って進めばいい。それだけのことだ。
そんなわけで配膳室。
松嶺大付属中の珍規則その2。
給食を選択できる。
「この制度って…なんというか、前人未到だよな。わざわざ給食にまで選択権を与える必要性がどこにあるのか、俺の残念な頭では見出せなかった」
「それは同意見な僕に対する遠回しな侮辱ってことでいいのかな?」
「良かねぇよ」
「そりゃ左遷」
「……?」
「聞き流していいよ」
首を傾げる高田を尻目に、僕は再び悶々と悩みだす。
もうご存知だろうけれど、僕が悩んでいるのは給食。
給食にはAとBの2パターンがあり、毎年どちらの給食を選ぶか決めることができるのだ。
Aは和食を基調とした淡白なメニュー。
Bは洋食を基調とした濃厚なメニュー。
「そんなに悩むことか? どーせ給食なんて200回あるかないかだろ」
「悩むよ…一度決めたら、途中変更はできないんだから」
「つっても、全く同じメニューってわけでもないんだし。A中学校の給食とB中学校の給食なら、どっちの給食が食べたいですか選ばせてあげますよってだけの話じゃないのか?」
「そういう高田はどっちにしたの?」
「俺は、朝飯が和食だからB」
「単純だな…」
「そんなもんだって。こんなことでいちいち悩んでたら、埒あかねぇじゃん」
高田の言い分も一理ある。
しかし僕には高田の様な決め方は出来ない。
理由は至極単純、僕は基本的に朝食を食べないのだ。
低血圧というわけではないのだけれど、どうも朝は食欲がわかない。中学1年生の中頃まではそれでも我慢して食べていたのだが、そのうち吐き戻すようになり、不可抗力で食べなくなった。成長期のこの時期に朝食を抜くのは一般論にしてもよろしくないことだが仕方がない。そのせいで身長は未だに160cmに届かないこともまた然り。一応気にしてはいる。僕だって男の子なのだ。
「高田はいいよなぁ…」
「物事を複雑に考え過ぎちまうのがお前の悪い癖だと俺は思うぜ。もっと気楽に生きてみろよ、そんな気難しい顔してっと疲れないか?」
「いや違…、まぁ、そうだね。気楽か……僕にはきっと無理だな」
「どうして。あ、お前が気楽になったら鏡崎とキャラが被るな。うん、そりゃダメだ」
「そうなのか?」
「あいつが気難しい顔すると、たまにお前に似ることがある」
「たまにだろ」
「何、またいつにもまして渋面ですが?」
「今、鏡崎と喧嘩してるんだよ…。くだらない言い争い。自分の信念を曲げないっていうのはなかなか出来ることじゃないけど、それって口論になった時結構困るスキルだよな」
「そういえば最近、ジャスパーが“ぶんどり術”を修得したんだよ」
「何の話だ?」
「知ってる人は知っている」
別の話をし始めたらしい高田のことはちょっと放っておくとしよう。明日から早速給食は始まる。今日中に申請を出しておかなければ、最悪明日の昼食は弁当持参になってしまうかもしれない。高等部にあがるまで弁当持参は校則違反だ。なぜ中学生は購買部を利用できないのだろう。義務教育とかが関係しているのだろうか。
前述した通り僕は朝食を食べない(というか食べられない)。だからこそ昼食は重要だ。悩む。
「…って、お前まだ悩んでんのかよ」
「お前みたいに簡単には決められないんだよ。朝の分のエネルギーを昼食で補わなければならないんだから」
「…………。……あーもう、俺そういうの嫌なんだよ! 目の前で人が悩んでるのに何にも出来ないとかさぁ! 自分の無力さを思い知らされるっていうか……」
「な、何だよいきなり」
「よし。出、ちょっと聞け」
「だから何」
高田は持っていた学校指定バッグのサブポケットから単語カードを取り出し、付属されていたボールペンで英単語を書いた。
「“umbrella”って分かるよな」
「あぁ、アンブレラ…傘ね。うん。それが何か?」
「これからいくつか質問するから、直感で答えていってくれ」
「はぁ。よく分からないけど、別に構わないよ」
「大問1」
「大問形式かよ」
「卵料理と肉料理ならどっちを食べたい?」
「は? …それ、比較するには相応しくないんじゃないか」
「いいから」
「…どっちだろな。気分的にベーコンエッグが食べたいんだけど」
「それじゃ両方含んじまうだろ。どっちか選べ」
「じゃ、食パンでサンドすると美味しいベーコン」
「じゃあ、ベーコンとレタスだったらどっちが食べたい?」
「レタス?」
「いいから」
「……ドレッシングがあるなら、レタス…かもしれない」
「本当だな?」
「あるならね」
「ん、分かった。お前Aな」
「は!? ちょ、そりゃどういう」
「俺流の心理テストだ」
「心理もヘッタクレもないだろこんなの!」
「とにかく。決まったことは決まったんだから、さっさと申請しに行けよ。期限、放課後までだぜ」
「決まったって、僕はまだ容認してない!」
「どーせそういう風にいつまでも悩み続けて、いつの間にか放課後過ぎて残念賞って結果になるのは目に見えてんだよ。ここは一つ、騙されたと思って言ってみろって」
「…………」
基本的に、僕はこいつをそれなりに信頼している。言っていることにも間違いはないし(このタイミングで高田が現れなかったら、きっと今日中に決めることが出来なかっただろうことは火を見るより明らかだ)、実際、この程度のことでいちいち悩んでいたら、気苦労が絶えない。こいつほどではないにせよ、僕はもうちょっと肩の力を抜いた方がいいのだろう。
「お? それは俗に言う暗黙の了解ってやつですか? 黙秘権とかなしにして下さいよ旦那?」
「そうだな…僕は、もうちょっとオブラートに包まれて生きていく方がいいのかもしれない」
「なぜその慣用句が出てくる!?」
「そうだな…僕は、もうちょっとビブラートを響かせて生きていく方がいいのかもしれない」
「まさかのカウンターテナー志望!?」
「ノってみたんだよ」
「クオリティ高すぎる…」
まぁ、この一連の会話でご理解頂けたと思うが、つまり高田寛人という人物はこういう人間だ。
おっと、念のため言っておくが、僕のこの給食のエピソードは高田の人物紹介のために回想したものではない。
簡単に言ってしまえば、これは序章のようなもの。
何だかんだで、僕の平々凡々な学校生活の1コマを切り抜いてみただけの話。
僕が日々つまらないと思い続けているこの日常の中で、これから一体何が起こっていくのか。
それは僕にも分からない。
しかし、たとえ何が起こったとしても、僕は今まで通り平々凡々、肩の力を抜き、リラックスして日常を過ごしていくだろう。
…たとえ、何が起こったとしても。
それは、日常での範疇内のことに過ぎないのだから。
寛人流の心理ゲームとは一体どんなものなのか?
どうやってAと決めたのか?
…真面目に考えるといろいろ矛盾が生まれます。だって寛人作だもん。
気になる人は、自分で考えたりしてみてください。ヒントは、アンブレラを英語表記にしたところ、とかかな?