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abnormal dialy   作者: アルマジロ
spring
22/22

-junior high school- spring 20

「飛んで火に入る夏の虫って、アレ季節を夏に限定する意味あんのかな?」

「知らねぇよ」

 という会話をしながら、僕と高田は教室のアルミサッシをまたいだ。

 現在時刻、8時3分。

 今日も余裕で登校を終えた。

「おはよう、みっくんと高田くん」

「よ、久しぶり」

「2週間ぶりだなー」

 朝井は相変わらず朝が早い。

 簡単な挨拶を済ませて、僕は自分の席に着く。

 そして高田は僕の隣に――――。

「あ、俺の席ここか」

 高田が座ったのは、麻由梨子さんの席。

「ん?」

「あ、みっくん。言い忘れてたけど、席替えしたんだよ。出席番号順から、五十音順に」

「…僕どこ?」

「自分で確かめれば」

 うーん、やっぱ朝井って冷たい。

 前にも言ったけど、明るい系のキャラじゃなかったっけ?

 自分で確かめればと言われたので、僕は自分で確かめる。

 黒板にプリントが磁石で留められてあり、そこに席と名前が書かれていた。

『 相澤 朝井 雨郡 荒瀬 出  内海

  柄櫻 縁田 大原 鏡崎 河園 神藤

黒 熊谷 西藤 榊田 佐上 崎口 佐々野

板 志水 高田 鶴嶋 寺井 東城 野津

  蓮音 平内 藤沼 松田 茉莉沢 帝木

  三須 光村 目黒 柳川 矢吹 吉川 』

「僕は……っと、廊下側か。なんかすげぇメンツ……」

 ぶっちゃけ、中の下といったところか。まず問題は僕の後ろにいる内海。隣は……河園。こいつは大人しいから問題なし。しかし、高田とは結構離れたな……鏡崎がいるのが、唯一の救いか。

 って、あいつも20日まで来れないんだった。

 唯一の救いが消えた。

 中の下改め、下の下の下の下。

「どうだった出? 俺の席は、まぁまぁいい感じだぜ」

「お前の周り、女子多いな……熊谷に西藤に榊田に、志水と蓮音もそうだ。藤沼も。こりゃかなり不公平ってもんじゃないか?」

「何だ何だ、拗ねちゃって。俺はお前がうらやましいよ。だって隣、河園だろ?」

「だから何だよ。それを言うならお前、僕の後ろ、内海だぞ……頼むから席交換してくれよ」

「やだね。こんな極上の席譲るかってんだ」

「さっき“まぁまぁ”とか言ってたじゃないか…」

「前言撤回!! いいじゃんかよ後ろが内海でも。何、内海と何かあった?」

「……別に。そんなんじゃ…………ない、のか……?」

「歯切れ悪いなー。いつでも相談に乗ってやるから、元気出せって。それか河園に元気もらえ。てか河園でエネルギー補給しろ」

「そんなエネルギーだよ。……もういい…」

 まさか内海が後ろにいるとは……。

 最悪だ。これから一ヶ月、どうすればいい。死ぬか。死ぬしかないのか。もういっそ死んで楽になるか。いや考えてみればくだらない。僕は生きる。

「おっはよーっス」

 と、そこへ、光村と吉川がやってきた。

 時計を見ると、ちょうど8時10分。そろそろ、一般生徒が登校してくる時間だ。

「えーっと、俺の席、俺の席は……っと。よっしゃ、窓際」

 この、朝から割かしテンション高めな人物は、正式名称を光村修哉という。構内有数の健全なチャラボーイに認定された、珍しいといえば珍しい人種。

 授業は3割寝て3割勉強し、4割サボり。といってもボイコットではなくて、ただ単純に“そこにいるだけ”の状態となる。この時の光村は何か考え事をしているらしい。僕はあまり親しくないので分からないが。

「……まぁ、予想はしてたけど、やっぱ最後だよな俺…」

 この、朝から割かしテンション低めな人物は、正式名称を吉川大胡という。光村とは結構仲が良く、比較的真面目なので、よく光村に世話を焼いている。

 根がお人好しなので、光村に限らずいろいろな人と仲がいい。もちろん授業は10割真面目にこなすが、たまに寝る。おちゃらけな光村とつるんできた影響か、対照的にしっかり者で、学級副委員長を務める人望もある。

「クッ……なんだ大胡、お前のその席は!! 窓際で一番後ろで、そんでもって周りの3席全員女子じゃねぇか!! しかも結構上玉の!! 不公平だ!! やり直しを要求する!! ストライキ起こすぞコラァ!!」

「いや、いきなり切れられても……。俺は修哉の席、うらやましいよ。周り皆、真面目な人が多いし」

「俺's辞書では“真面目=つまんねぇ”って等式が成り立つんだよ!! それすなわち、俺の席の周りはつまんねぇの5乗じゃねぇか!!」

「どんな辞書だよ!」

「なんだよお前ら、また喧嘩してんのかよ。朝からストライキとかどうした?」

 タイミングよく、荒瀬が登校してきた。

 そういえば荒らせは僕の前の席だ。

「聞けよ荒瀬!! 大胡の席メッチャハーレムだぜ!! つかハネムーンだぜ!! ジューンブライドだぜ!!」

「なんで結婚してんだよ……。どうせ来月には変わるんだから、大したことじゃないだろ」

「それが違うんだなー。見ろ、俺の席を!! 全くもって恵まれてねぇ!!」

「失礼だな…。あ、俺の後ろ出なんだ」

 光村のお悩み相談を軽くいなし、自分の机にカバンを置く荒瀬。

 と、そこで僕はあることを思い出した。

「なぁ荒――――」

「分かってる」

 手で制し、荒瀬は僕に古びた鍵を渡した。

「昼休み、屋上に来てくれ。俺、ちょっと遅れるから」


「話というのは、言うまでもなく莉子のことだ。俺さ、知らなかったんだよ。……あいつが、警察に捕まってたってこと。そりゃ、やったことは法に触れるもんかもしれない。誘拐の幇助だって暴行だって、りっぱな犯罪だ。殺人未遂なんて、もっての外だってことも分かってる。……でもさ……。あいつの目的は、そんな簡単なもんじゃないんだよ。莉子は、佐上のことなんて好きでも何でもないし、あんな暴力的なことはしなかった。あいつが変わってしまったのは、5ヶ月前――――。莉子の姉が、殺された日だ」

 そう言って、荒瀬は一旦区切りをつけた。

「……あぁ、なんか、いきなりまくしたてちまって悪かったな。俺から呼び出しておいて、思ったより時間かかっちまってさ…」

「…………いや」

 僕はなんと言ったらいいか深刻に分からず、とりあえず否定の言葉を述べる。

「そんなことは……ないよ。いい話……だった、んじゃない、…かな?」

「…………大丈夫か?」

 逆に心配されてしまった。

 そりゃあ、いきなりこんな話を聞かされてもどう反応していいかリアクションに困る。

 柳川が逮捕されたのは佐野刑事&塚本刑事から聞いてはいたけれど、現在のところ先月起きた事件は“極秘”扱いになっており、報道されるのはまだしばらく先になるとの話だった。最も、今まで1ヶ月間隠蔽されていた、蓮音美智子さん殺害事件については報道したらしい。その際に佐上が捕まり、鶴嶋が事情聴取を受け、と校内でも一悶着起きた。

「あのさ……」

 ふいに、声の調子を変えて荒瀬が問いかけてきた。

「もし……お前ならだよ。幼馴染みが…犯罪いくつも起こして、捕まったら……どんな気分になる?」

「……………………」

 返事に詰まった、わけではない。

 以前にも何回か聞かれたことがある。この年代は、まだギリギリ“大切な友達”=“幼馴染み”という方程式が成り立っているようで、それ関連の話題で“もし幼馴染みが○○したらどうする?”なんて質問は年に1回は交わされる日常的なそれとなっていた。

 無論、それに対する妥当な答えも持ち合わせている。

 しかし……その答えを言ったところで、僕の中に渦巻くこの疑念は、おさまらない。

「――――何て言ったら、納得するんだ? 荒瀬は」

 彼は、僕の“回答”自体には、興味がないのではないか?

 むしろ重要視しているのは質問に対する答えではなく、質問をしたことによる反応の方なのでは?

 この僕の読みは、当たったのだろうか。

 果たして荒瀬は、少し表情を険しくして僕を見た。

「……やっぱり、お前には分かるんだな」

「生憎、僕の周りにはもっと面倒な回りくどい言い方をしてくる奴がいるもんでね。逆に、直球過ぎて返答に困る奴だっているけど。右脳発達型で難しい言葉を理解できない可哀想な奴もいたな」

「…。場所、変えようぜ」

「ん?」

「……この状態で話す話題じゃないからさ」

 そう言われれば、今、僕と荒瀬は屋上の扉付近で正面から向き合って立って会話している、とてもかた苦しい体制だ。

「そうだな。…………あの、荒瀬、場所チェンついでにもう1ついいか?」

「何だ?」

「お前が持ってるソレ、何が入ってんだ?」

 僕は、荒瀬が肩に背負っている、黒く細長いソフトケースのようなものを指差した。

 屋上に来た時点で持っていたけれど、いきなり話を始められてしまって、言い出すタイミングがつかめなかった。

「あぁ、コレは……何でもねぇよ」

「すごく怪しいな、ビジュアルが。何かヤバイものでも入れてるんじゃないだろうな……」

「そんなことねぇって」

 荒瀬は半ば強引に話を打ち切ると、給水タンクに向かって歩き出した。淡いクリーム色の外壁にもたれる。

 僕もついていった。

 荒瀬の隣に回り、外壁に背をあずける。身長差がかなり気になるところだが、この際それは置いておこう。

「……答えて、くんねぇか? ――――俺の質問」

「…あ、うん。えー…っと……。……引いたりするなよ?」

「滅多なことじゃ驚かない自信はある」

「殺す。……だろうな」

「…………。……一応、理由も聞いていいか?」

「実の話、僕にも幼馴染みがいたんだよ。口は悪いし態度は悪いし、空前絶後の面倒くさがり、そのくせ厄介事には自ら首を突っ込みたがる、そんなどうしようもない奴だったけど……いたんだ。幼馴染み」

「…そっか」

「まぁ、口は悪いし態度は悪いし、空前絶後の面倒くさがり、そのくせ厄介事には自ら首を突っ込みたがる、そんなどうしようもない奴だったけど、僕は確かにそいつのことを大切に思ってた。ヘタな家族やら何やらなんかよりも、ずっと大切で、一番の宝物っていっても過言じゃないくらいに。それくらい大切で、絶対に失いたくない存在だった……いや、過去のことじゃないから、ここは現在形だな。もし、僕の大切なそいつが、犯罪をいくつも起こして捕まったりするなんことが起きたら、その時は……」

「――――殺す」

「……うん。僕にとってそいつは、本当にかけがえのない、大切な大切な存在なんだよ。それが、刑務所に連れて行かれるなんて…そんなこと、耐えられない。まず、そいつと引き離されるってことが、僕にとってすごく耐え難いことなんだ。だから……大切なものを失うくらいなら……自分の手で消す。自分自身で、始末をつける。僕ならきっと、そうする。殺すことで、救ってやる。殺すことで、失わずに済むのなら」

 生半可なサプライズじゃ驚かないみたいなことを言っていたけれど、これにはさすがに、引く、か?

 しかし、これが僕の本心なんだから、どう反応されたところで甘んじて受けるしかないのだけれど。

「…………なんか、すげぇな」

「けなしてるのか?」

「いやいや。うん、やっぱ出は、そういうやつだったんだな」

「……?」

「あぁ、独り言を独りごちただけだから気にすんな。お前になら……この話をしても、いいかもしれない」

 そこで荒瀬は、重たく感じたのか肩に背負ったソフトケースをタイルの上に置いた。

 その動作は、今までの会話とは違う話になることを暗に示していた。

 僕も若干姿勢を正して臨戦態勢をとる。

「“第2次テンペスト”……って、憶えてるか?」

「……………………忘れろって……言うのかよ。あの事件を」

「……あれからまだ、4ヶ月もたってない……。特に、第2次はこの学校で起きた出来事だから、まさか忘れるなんてことないよな」

 そりゃ……当たり前だ。

 あんな事件、忘れられるはずがない。

 忘れられたら、どんなにいいかと思うけれど、でも忘れてはいけない。

 絶対に、記憶から抹消してはいけない、あの記憶。

 あいつも……あの事件で。

 ≪あの人≫に…………。

「言うまでもないが、第2次があるってことは以前に第1次が起こったってことだ。そっちの方はあまり公にされていないし、学校とは直接関わりがなかったから、もしかしたらお前も知らないかもしれないな」

「……“第1次テンペスト”が起こっていた? それは…いつだ?」

「11月だ。今から半年前……≪アイツ≫が第2次を起こす前に、手違いで起こってしまった不慮の事故――――その被害者が、柳川の姉、柳川梨恵夏だった」

「…………被害者……じゃあ……柳川の姉を…殺したのは……」

「あぁ……」

 ここから先は、聞きたくなかった。

 ≪あの人≫についての話は、何も聞きたくない。

 聞くたびに……≪あの人≫の“闇”が、自分の中に流れ込んでくるような気がして。

 だから、これ以上……。

 これ以上、話さないでくれ。

「柳川の姉を殺したのも……それによって、柳川から声を奪ったのも…………柳川が逮捕されたのだって……。全ての起源は、≪アイハラ≫だ」


 荒瀬はそれから、憂いの表情で語り始めた。

 僕は、それを黙って聞くことしかできない。

 本当は、耳だってふさぎたい。

「……莉子があの事件に関わった本当の目的は……復讐だ。表側は“友達だった蓮音の親を殺した佐上が許せなかった”ってことになってるけど、それは違う。莉子は蓮音の母親が殺されるずっと前から……佐上を、ひいては“テンペスト”の関係者を全員、見境なく恨んでる。第1次も第2次も、平等に。敵味方関係なく、関わった全ての人間を異常なまでに恨んでる。佐上は≪アイハラ≫の“アテンダント”だった。莉子が恨むのも当然だ。だから殺そうとしたんだよ……。莉子の動機に、蓮音は関係ないんだ。莉子は蓮音の死を利用して、うまく事情聴取を切り抜けたんだ」

「……マジ…かよ」

「“第1次テンペスト”の被害者は、柳川の姉だけで、報道されるまでには至らなかった。その後に起こった“第2次テンペスト”では、多くの学校関係者が殺され、メディアでも大きく取り上げられた。――――なぁ、この差は何だ? 死んだ人数か? 死んだことには変わらないのに、この扱いの違いは何だよ」

「…………」

「だから莉子は、≪アイハラ≫を恨んだ。恨んで恨んで恨んで恨んで、憎んで憎んで憎んで憎んで……それはもう、壮絶だったよ。人は、あそこまで同種族を恨むことができるんだな。あいつの憎しみは半端じゃない」

「…………」

「莉子の最終目的は、“≪アイハラ≫を自らの手で殺すこと”と““テンペスト”の関係者全員を闇に葬ること”だ。そのためになら、悪魔にだって魂を売るつもりでいる。いや……すでに、あいつの魂は、あいつの中の“悪魔”が食い尽くしてしまっているのかもしれない。莉子の皮をかぶった“悪魔”が、恨みと憎しみに突き動かされて、こんな復讐をしているのかも……」

「…………。……」

「でも、今莉子は刑務所にいる。復讐しようとしたために、刑務所にいる。刑務所にいては、復讐ができない」

 そこで。

 ふいに荒瀬が給水タンクの外壁から背中を離し、直立して僕を見た。

「お前、さっき言ったよな? 俺が莉子の話を最初にした時に……『いい話だった』……って」

「……」

「お前にとっては、莉子の悲しい過去は『いい話』なんだな。所詮自分とは何の関わりもない他人事、なんて――――」

 何が起こったのか分からなかった。

 気がつくと、荒瀬は僕に掴みかかっていて、胸倉を掴んだ手で強引に外壁に押さえつけられていた。後頭部と肩と背中に衝撃が走る。

「――――まさか思ってねぇよなぁ? 出…」

「…ガハッ…………荒…瀬…?」

「お前、“第2次テンペスト”が起こるまで、≪アイハラ≫と随分深く関わってたそうだなぁ。“アテンダント”でも“サポーター”でもねぇのに……」

「…………!! …お前……どう、してそれ……を」

「初めて知った時は驚いたぜ。……まさか、こんな身近に、最も≪アイハラ≫に近い存在がいたなんてな」

 最も……?

 それは、違う。

 僕は、≪あの人≫に最も近い存在なんかじゃない。

 最も近い存在は、他にいる。

 僕なんかじゃ、ないんだ……!

「荒瀬……っ! …話を……」

「何の話だ? 莉子の姉を殺した≪アイハラ≫についてこの場をお借りして謝罪しますってか?」

 唐突に、胸倉を掴んでいた手が離された。

 解放された僕は床に崩れ落ち、咳き込む。

 カラン、と金属質の音がして、僕は顔を上げた。

 荒瀬が、ソフトケースから細長い何かを取り出していた。

 手に握っているのは……金属バット。

「…………おい……?」

「これを莉子が知ったら、真っ先にお前を殺しに行くだろうな……」

「…………!?」

「でも、莉子は今刑務所にいるから……お前を殺せないんだよ……莉子はあんなにも、≪アイハラ≫を恨んでるのに……」

「お前……まさか…」

「今、俺がお前を殺せば……莉子の恨みを、少しでも晴らすことができる」

 逃げようとしても、さっきの衝撃で頭がクラクラして脳がうまく働かない。

 荒瀬は、金属バットを両手に持って振りかぶった。

「莉子の姉は、全身を殴打されて殴り殺されたんだってよ……だったらお前も……殴り殺してやんなくちゃ、不公平だよな……!!」

 ゆっくり、ゆっくりと、荒瀬は僕に近づいてくる。

「冗談だろ、おい――――」

「悪いな……俺は……クラスメイトを殺す時にまで…ジョークは、混ぜない主義なんだ!!」

 金属バットが振り下ろされる、その刹那――――――――。


「その辺にしとけば」


「……?」

 頭上から、声が聞こえた。

 荒瀬の動きに一瞬だけ迷いが生じる。

 焦点が微妙に合わないまま振り下ろされたバットを、かろうじてかわす。

 ここは屋上。本来なら、頭上から声が聞こえてくるなんてことは有り得ない。

 かといって空耳でもなかったらしく、荒瀬はバットを握ったまま、周囲を手当たり次第に睨みつけて威嚇する。

「誰だ!! どこにいる!!」

「さぁね。どこにいるでしょうか。どこにもいないかもね」

 適当な返事を返すその声は、女のもの。

 荒瀬は無感情で無関心な声に苛立ちを隠さずにぶつける。

「ふざけるな!! 出てこないと殺すぞ!!」

「場所も分からないのに、どうやって殺すの? 毒ガス? それとも手当たり次第にそのバットを振り回す?」

「クソッ……どこだよ!! どこに隠れてやがる!!」

「隠れてなんてないけど」

 それには、若干の蔑みの笑いが含まれていた。

 荒瀬は半狂乱になって屋上を駆けずり回り始める。

「どこだ! どこだ! どこにいんだよ!!」

 僕はそれを、ただ呆然と眺めていた。

 荒瀬は今、精神が高ぶっていて、注意力に欠けている状態なんだ。

 だから、この声がどこから発せられているのか、分からない。

 僕にも分からないけれど。

「あなた。反省してないのね。今、自分が何をしようとしたか、分かってやってるの? あのままだったら、そこの人死んでたよ」

「どこにいるって聞いてんだよ!!」

「話を聞こうともしないんだ。ふぅん。別にいいけど。ところで、さっきのあなたの行動、偶然写メールに収まっちゃったんだけど」

「!!?」

「あ。そこは驚くんだ。何? 露見すること承知でやったんじゃないの? 人殺して捕まらずに済むなんて甘い考えはよしてよね。私達もう14歳。分かる?」

「ナメてんのか!! さっさと出て来い!!」

「あなたか見つけられないだけでしょ? ついでに、あと1分したら、この写真、私の携帯からクラス全員に送られることになるけど」

「なっ……やめろ!!」

「ならあなたもその人殺すのやめれば。その金属バット、校舎の外に向かって投げてよ。そしたら、撤回してあげる」

「……クソッ…………」

 荒瀬はフェンスによじ登り、金属バットを校舎裏に向かって投げ捨てた。

「これでいいのかよ!! いい加減出てきやがれ!!」

「文章に繋がりがないのね。そんなに動揺してるの? ほらm、用が済んだんならさっさと出て行ってくれない? まだメール画面は消してないから」

「…………ッ!!」

 最後に虚空を睨みつけて、荒瀬は屋上から出て行った。

 さびた音が勢いをつけて女性の悲鳴のように響き、扉は閉まった。

「……佐上惇は、おそらく柳川莉子が自分を恨んでいることを悟ったんでしょうね。それで、身代わりに鶴嶋京平を犯人に仕立て上げた。なぜわざわざ佐上惇が蓮音美智子を殺害したのかについては不明だけど。それで柳川莉子に自分の代わりに鶴嶋京平を殺させようとしたわけ。最後まで不遇だったものね、鶴嶋京平は」

「何……やってんだよ」

 僕は。

 頭上に声をかけた。

「――――茉莉沢」

「あなたは分かって当然ね。私が毎週水曜日の昼食タイムに屋上の給水タンクの上で昼寝をしているのを知っているから」

「汚くないのか? そこ」

「コンクリートだから大して気にならない。あなたと偶然会った時も、掃除しようと思っていた」

 僕と茉莉沢が、屋上で偶然会った日。

 20日前、蓮音香奈殺人事件(偽)が起こった日。

 荒瀬が僕を訪ねてきた後。

 つまり、授業中。

「茉莉沢も、授業サボったりってするんだな」

「生物の授業よりも給水タンクの上を掃除した方が有意義だと判断したから」

「大分酷いな、生物の授業の存在価値。てか、あの時英語じゃなかったか?」

「英語は終わって次の授業が始まっていた」

「あっそ……そりゃ左遷」

「きちんとすみませんと言いなさい」

「ぉわっ!! 通じた…」


 こうして、僕の忙しい1ヶ月は幕を閉じた。

 チャイムが鳴ると同時に教室に戻った僕は、後ろの引き戸から入ったために眼前に内海がいるという最悪のシチュエーションに見舞われた。

 明日は、また鏡崎のお見舞いに行こう。


 積もる話も、あることだしな。

 うわぁー……。

 書いててイタイと思ったお話の中でも上位です、これ。

 ついでに1位は惇のおしゃべり回(笑)。

 いやぁ、びっくりだね! クラス委員長の勝成くんが、まさかクラスメイトを殺そうとするなんてね! うん!

 !!作者もびっくりだよ!!

 さて。次回は……どうしよう。多分、間が空くと思います。

 改訂内容は、クラスメイトの漢字とかを直しました。

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