-junior high school- spring 19
「――――――――以上が、あの日の“外”の様子だよ、鏡崎」
「…………。ふぅん……君たち、あの現場に居合わせていたんだね」
「あぁ」
僕はパイプ椅子から腰を浮かして、バスケットの中に入ったマンゴーの皮をバタフライナイフでむく。
「……ここは、突っ込む所か?」
「何が」
「…………いいさ。この場合普通はリンゴ持って来るだろとかどっからバタフライナイフ持ってきたんだよとか実は僕マンゴー苦手なんだよねとかそういうのはひとまず置いておこう」
「一息で言ったな」
5月。
の、5日。
の、昼。
の、梅崎総合病院。
の、307号室。
そこで、僕と鏡崎は話していた。
といっても、鏡崎は現在入院中。手土産にマンゴーを3つ持ってきて、手土産にあの日の様子でも話して聞かせてやろうと思い、訪ねた。
あの日というのは、言うまでもなく4月21日のこと。
いろいろなことがあった、1日。
「怪我の方は大丈夫なのか?」
「そうだね。とりあえず、命に別状はないみたいだよ。あと2週間くらいすれば退院できると思う」
「そっか」
むき終わったマンゴーを、紙皿の上で1口サイズに切り分ける。
「それで……御影さんは?」
「うん。あの人も、大事には至らなかった。どちらかというと軽傷の部類だな。右肩に斬りかかられただけだったから」
「だけって……人事みたいに言うね」
「御影さん、避けなかった」
「――――ん?」
「避けなかったんだよ。もし操先生が心臓部を狙ってきたとしても……多分、受け止めるつもりでいた」
僕はあの時のことを思い出す。
今となっては、操先生の気持ちも分からなくもない。
自分より下と思っていた人間に抜かされ、嫉妬したことなら、僕にもあるから。
いや……案外、誰にでもあることなんじゃないか。
でも、殺意を抱くほど嫉妬はしない。
きっと……限界だったんだろう。
本人が言っていたように。
さまざまな気疲れが積み重なって耐え切れなくなった。
それで失踪した。
「…うん、それは多分あくまで比喩表現としての一環であろうことを承知で野暮ながら突っ込ませてもらうけれど……。心臓を狙われたら、御影さんは死んでしまうのではないか?」
「御影さんね」
「…………」
「操先生が自分のことをよく思っていないって、薄々感づいてたらしいんだ。僕だったら、そんなの理不尽だって憤慨するだろうけどね、御影さんはそうじゃなかった。自分にその嫉妬をぶつけることで、操先生が少しでも救われるなら……って、そう言ってたよ。結果として自分が死ぬことになったとしても、操先生を恨んだりはしないって」
「…素晴らしいね」
「アメージングだろ?」
「それ、操先生には言わない方がいい。本当に御影さんを殺しかねない」
「? 何でだよ」
「分からないのか?」
「生憎な」
「……そうだね。君はジェラシーなんて感じたことないだろうから、分からなくても無理はないか」
「なんかとてつもなく餓鬼扱いされてる気がするんだけど」
「気のせいじゃないよ」
ジェラシーね……、嫉妬か。
僕も、別に抱いたことがなくもないんだけど。
と、ついさっき思ったところなんだけど。
「つってもさ。お前こそジェラシー感じたことあんの? 鏡崎みたいに、他人の評価を気にしないタイプって、他人そのものに興味がないようなもんだから、嫉妬なんてしないだろ」
「見事なまでに偏見を織り交ぜた意見だね。別に、僕は他人の評価を気にしないってわけじゃないよ。あてにしてないだけだ」
「同じじゃないか?」
「違う。他人他人って言うけどね、この世界にはどれだけの人口がいると思ってるんだ? 個々の完成は十人十色で有象無象で、魑魅魍魎な上に複雑怪奇、そのくせ曖昧模糊ときてる。そんなのをあてにするくらいなら、鏡を見つめている方がまだ新発見があると思うのは僕だけか? 自分のことは、結局自分にしか分からないんだよ。これは僕の持論でもあるけれど、他人の評価を気にする奴は、自分の評価を下げる奴だ。客観的思考って言うのは、何にしても無駄な感情が含まれてしまうのが難点だからね」
「…………。お前さ、もしかしなくても漢字得意だよな、多分」
「え、いや、別に」
「あー…あれか、先天的な才能ですか。いいですねぇ」
「……まぁ、だからといって一切合切微塵も全く聞く耳持たないわけにはいかない。よくいるだろ、誰かに意見を求めておきながら、自分の中ではひとつの結論に既に達してて、本当は鼻っから参考にする気なんてないって人。みっくんも案外そのクチだよね。僕はそれほどじゃないけど、あくまで一般常識の範疇内に僕の意見が収まっているかどうかの確認として、他人からの評価も視野に入れてるって程度。参考にする気なんかさらさらないよ。本当は聞きたくもない。自分の完成が鈍っては困るからね、いろいろと」
「……うん、鏡崎、お前多分一人で生きていけるよ。頑張れロンリーウルフ」
「あと、他人そのものに興味がないわけでもないよ。他人に無関心だったら君とこうして話したりなんかしないだろうし、そもそもこんな事件に巻き込まれることもないだろう。人との関わりを一切断ち切ってしまえれば楽なんだろうけど、生憎僕はそれほどコミュニケーションに疎いわけじゃないんだ。人並みに興味はあるし、人並みに関わってみたいとも、思うよ。もっとも、他人に興味がない人間なんて早々いないけどね。自分が社会という名の同種族の一群の中にいる以上、関心は少なからず抱くはずだし」
「で。とどのつまり、お前は誰かに嫉妬したことがあるのかないのか?」
「あるよ」
「そりゃ誰に」
「…………言わなくちゃならないのか? 今この場で」
「言えない事情でも?」
「言う事情がない」
「もしかして、今回の事件の関係者?」
「ノーコメント」
「クラスメイトの誰か?」
「ノーコメント」
「刑事さんたち?」
「N.C」
「じゃあ誰だよ……そんなに言いたくないのか? 嫉妬の1つや2つ、誰にでもあるって。生きてんだからさ」
「じゃあ先にみっくんの方から言ってくれないかな? そうすれば相乗効果で僕も打ち明けられるかもしれない」
「どうせ僕はジェラシーなんて感じたことないですからね。今まで14年数ヶ月、お気楽に生きてきましたから」
「……根に持つね君も」
「仕方ない。ここは王道、カウントダウンと洒落込もう。俗世間の本能で、カウントが0になればノリで言えちゃうもんだよ、そんなの」
「ちょ、ノリってそんな」
「1」
「いきなり1!?」
「0」
「…………」
「何だよ、0になったんだから言えよ」
「無理があるだろ」
「よし、じゃあ言い当ててやる」
「君、さっきからすごい横暴なことやってるって自覚はある?」
「高田じゃないな」
「…否定文……?」
「消去法だよ。どうなんだ?」
「……………………」
「またノーコメント使うつもりか?」
「……………………」
「それならそれでちゃんとノーコメ宣言してくれ」
「……………………」
「……あ」
そこで僕は気づいた。
僕が病室に入ってきてから、鏡崎は一度も目を開いていないことに。
だから気づかなかった。
かすかに寝息が聞こえていたことに。
……全く。
会話中に勝手に寝る奴があるか。
僕はもう帰る。
「あと2つ……マンゴー、どうするかな。朝井にでもやるかな……あ、たしかあいつもマンゴー好きじゃないとか言ってたような。ったくなぁ、みんな好き嫌い多すぎだっつの。仕方ない、御影さんのお土産に使い回すとするか」
この時期、マンゴーは結構高い。
何事も無駄にはしたくないし。
というわけで、僕はパイプ椅子から立ち上がった。皮だけが残ったマンゴーを紙皿ごとゴミ箱に捨て、バスケットを抱える。
そのままベッドから回り込むように向こう側へと行く。
引き戸の取っ手をつかもうとした、その時。
独りでに引き戸が開いた。
「…………お見舞い品の使い回しは良くないよ。ていうか良いわけがないよ」
「……ん? あれ、あ、いたんだ」
やってきたのは噂をすれば何とやら、朝井だった。
制服姿で、片手で抱えている紙袋が不自然に膨らんでいる。
朝井はどんな手土産を持ってきたのだろう。
「何、朝井もお見舞い?」
「んー……正確に言うと、ちょっと違うね。でもま、お悔やみ申し上げに来たのは本当だよ」
「うんナチュラルに殺してくれんな。生きてるって。でもタイミングが悪かったな、たった今スリーピングタイムに入ったところっぽい」
「だから? 私は用があるんだから、起きてくれないと困るんだけど」
「うわ、ひっでぇな……。何の用? 緊急?」
「別に。大した用じゃないけど、でも用であることに変わりはないからね。どうすれば起きると思う?」
「…………なかなか手強そうだな」
「そう」
「ところでさ、朝井が持ってるその紙袋、何が入ってるんだよ?」
「あぁ、これ? そっか、この子を使えば……」
使えば?
この子ってことは、生き物?
その割には動かないけれど。もしかして死骸じゃないだろうな。
いや、朝井なら持っていきかねない。
病院に動物の死骸を持ち込むなんていうタブーもやってのけるやつだ。
「今、かなり失礼なこと考えなかった?」
「え、いやいや。常識にとらわれない自由気ままな精神をお持ちなんだろうなと感心していたところだ」
「じゃ、感心ついでにいい加減消えてね。時間が押してるから」
とても強引に室内から追い出される。入れ替わりに朝井が入って、すぐに引き戸が閉められた。
…………。
いえ、別に興味があるわけじゃないですよ?
朝井がどうやって鏡崎起こすのかなーとか、どんなリアクションとるのかなーとか、そんなこと考えてませんよ?
ただ、ちょっと話し疲れたから引き戸のすぐ横にあるベンチに座っただけですよ?
あー、のど渇いたなー。
翌日、病院に長く勤める掃除のおばちゃんにより、病室から数本の猫の毛が発見された。
朝井が持ってきたのは、マインと名付けられた黒猫だったようだ。
鏡崎は重度の猫アレルギーだった。
彼に起こった悲劇については、ご想像にお任せするとしよう。
『後日。
佐上惇容疑者の供述により判明した事実は、我々の想像を絶するものだった。
事の発端は、先日報道された、蓮音美智子さんが死後1ヶ月たった状態で発見されたあの事件にまで遡る。
警視庁の調べにより、蓮音美智子さんの殺害については佐上惇容疑者のクラスメイト、鶴嶋京平容疑者による過失致死であると思われていた。しかし、本人は下り坂を自転車に乗りながら高スピードで下っていた時、角の死角にいた蓮音さんに気づかずに轢いてしまったと供述しているが、遺体には胸部に刺し傷があり、蓮音さんの死因はそれによる刺殺であることが検死の結果判明した。
蓮音さんを刺した人物について、何も証拠がなかった為調査は難航していたのだが、逮捕から3日後、佐上淳容疑者が“蓮音さんを刺したのは自分だ”と自白。彼の自宅から凶器となったサバイバルナイフが発見され、指紋検出によって佐上惇容疑者による犯行であることが立証された。
蓮音美智子さん殺害事件の真犯人は佐上惇容疑者だったのだ。
そして起こったのが、今回の事件。
佐上惇容疑者の供述により、犯行方法が判明した。
クラスメイトの鏡崎亮介氏を誘拐し、彼を人質にとって、鶴嶋京平容疑者にかけられた蓮音美智子さん殺害の疑いを(現時点では事件はまだ露見していなかった)学校関係者の1人になすりつけ、鶴嶋京平容疑者にかけられた容疑を晴らすというのが目的だった。
この時、佐上惇容疑者は“京ちゃん(鶴嶋京平容疑者)が人殺しなんてするはずがない”と信じきっており、蓮音さんが亡くなったのは不慮の事故であると供述していた。しかし、ここで不可解な点が浮かび上がってくる。
そう、“蓮音美智子さん殺害事件の真犯人は佐上惇容疑者であった”という事実と、佐上惇容疑者の供述が噛み合わないのだ。
蓮音さんの死因は、鶴嶋京平容疑者による過失致死と見せかけた佐上惇容疑者による刺殺である。佐上惇容疑者は、本当は自分が殺害したというのに“蓮音さんを殺害したのは鶴嶋京平容疑者である”とした上でそれを否定し、彼の容疑を晴らすために今回の事件まで起こした。つまり、佐上惇容疑者は鶴嶋京平容疑者を蓮音美智子さん殺害事件の犯人に仕立て上げ、鶴嶋京平容疑者にも彼が蓮音さんを殺害したのだと思い込ませたということになる。
全ては佐上惇容疑者の一人芝居で、鶴嶋京平容疑者はそれに巻き込まれた形になる。ならば彼は、むしろ被害者なのではないか?
今回の事件について佐上淳容疑者は、“ずっと、京ちゃん(鶴嶋京平容疑者)を陥れてやりたかった。ムカついていた”と供述している。
一方、柳川莉子容疑者が佐上惇容疑者を殺害しようとした事件については、本人が言葉を喋ることができない精神病にかかっているとのことで、全て筆記による事情聴取になった。
本人の供述によると、柳川莉子容疑者は鶴嶋京平容疑者が蓮音美智子さんを轢く現場を目撃したらしく、鶴嶋京平容疑者が蓮音さんを殺害したのだと誤認した。そこで、佐上惇容疑者が企てた今回の事件に介入する形で、鶴嶋京平容疑者を殺害し、その罪を佐上惇容疑者に着せるつもりでいた。その為、彼女は佐上惇容疑者と交友関係を築き、仮初めの交際をし、佐上惇容疑者に対する忠誠心を示すために鏡崎氏を刺すなどの暴行をした。
しかし、佐上惇容疑者が柳川莉子容疑者に“蓮音さんを殺害したのは彼ではなく自分である”と言ったため、柳川莉子容疑者は真犯人である佐上惇容疑者を殺害しようとした。そこを警視庁一課の塚本刑事と佐野刑事に取り押さえられ、御用となった。
この殺人未遂事件について柳川莉子容疑者は、“ずっと私に優しくしてくれた蓮音さん(蓮音美智子さんの娘)を傷つけたあの人間が、許せなかった。殺すつもりでいた”と供述している。
また、今回の事件で松嶺大学付属中学校の教師、操善人が警備員を斬殺した件について本人は、“大した意味はない。退屈だったからやった”と供述している。
以上が、この事件の全容である。
さまざまな思惑を持った人物達が交錯し合い、そして起きてしまった、今回の殺人及び誘拐、傷害事件。
ただひとつ腑に落ちないことは、それぞれの容疑者達の動機が不十分な点である。
今後は動機の真偽の程を確認すると共に、それぞれの事件の関連性について更に操作する意向である。
警視庁一課 塚本寧璃 (警視庁一課研修員 佐野)』
久しぶりの亮介とみっくんの会話。
なんか“ジェラシー”から大分離れていっている気がしますが、亮介も疲れてるんです。でも理屈っぽさは健在。
なんとなく、報告書みたいなのを書きたくなったのでチャレンジしてみました。
あれ、言い回しとか大変だと思います。多分。まぁ、書いたの塚本刑事だからいっか、的なノリで。
次回で終わりかな?