-commonplace opening-
先に言っときます。
『平凡な物語読みたいなー』
『日常的な物語読みたいなー』
『平和な物語読みたいなー』
という方へ。
この物語、タイトルを見れば分かる通り、日常で終わることはないです。
でも、SFとかファンタジーほど非日常にはならないので、そこらへんはご了承頂きたいと思います。
暇だなぁ……。
日常って、なんて暇なんだろう。
こんなにつまらない世界って、他にないだろうな。面白いことなんて一つも起きやしない。なんの変哲もない一日一日を、今までどれだけ繰り返してきたことか。
…まぁ、仕方ないといえば仕方ない。まだ未成年であり学生である僕がそんなことを言ったところで、夢見がちな今時の子供程度にしか見られないに決まってる。大人なんてそんなもんだ。世界なんてそんなもんだ。
――――日常なんて、そんなもんか……。
そう割り切って今まで生活してきたけれど、それもそろそろ限界なのかもしれない。
つまらない。
その言葉が常に頭の中のどこかに存在している。つまらない。つまらない。つまらない…。
だから僕は、日常に面白さを求めずに、二次元に面白さを求めた。
勘違いしないでほしいが、別にインターネットに入り浸りとか漫画やゲームに病的にハマったとか、そういうわけではない。僕は現代の子供とは思えないほどそこらへんに関しては消極的なのだ。確かに楽しそうではあるが…なんか、すぐに飽きてしまいそうな気がする。それに僕、あんまりゲームとか興味ないしな……。
というわけで、僕がハマっていたのは、本。
幼い頃から、わりと本を読んでいた僕。お母さんに絵本を読んでもらうのが大好きだった。あの頃は、まだ自分で文字を読むこともできなかった。なのに、お母さんが絵本に書かれた文字を躍動感あふれる口調で朗読してくれたおかげか、内容がスッと頭の中に入ってきて、とても面白かった記憶がある。
まだ、日常をつまらないと感じることがなかったあの頃。
しかし、今は――――。
「おーい。どうしたのみっくん。さっきから黙ってるけど」
つまらない、か。
日常に面白さを求めるのが、そもそも間違っているのか…。
それとも、僕が望む“面白さ”がハイレベル過ぎるのか…。
「…え、何? みっくんもしかして反抗期? キャアァァ!! どうしよう! お母さーん!! 大変だよー!! みっくんが反抗期に突入しちゃった!! 今すぐ病院で診てもらわなきゃ!! ちゃんと薬もらって定期的に診断受けて治さなくちゃ!! みっくん、菌が移らないようにマスクして!!」
「人の反抗期を流行り病みたいに言わないでくれるかな……。」
3行シカトしただけでこんなに騒ぐ人も珍しいんじゃないか。ていうか、いないんじゃないか。
ま、昔から僕の姉は寂しがりやなところがあったから、無理もないかもしれない。中学生時代はいろいろ大変だったらしいし。聞くところによると、ある日泣きながら母に言ったそうだ。
「お母さん…私、人が信じられないの……」
暴君ディオニスも真っ青なこの台詞を、彼女はこの世に生まれてわずか12年8ヶ月で言ってのけてしまった。
僕だって言ったことないぞそんな台詞……一体、姉の中学生時代に何があったのか……。
気になって問いただしてみても、姉も母もだんまりを決め込んでいて何も話してくれない。それは僕の父も同様で、時には男同士で夜遅くに自棄酒と洒落込んだこともあった。無論、僕は未成年なのでジンジャーエールで済ましたのだが。
「姉さん。勝手に部屋に入ってこないでって、前から言ってるんだけど」
「どうしよう…、みっくん完全にグレちゃったよー…」
面白くなってきたので、反抗期を演じてみることにした。
姉を無視して、書いていた理科のレポート用紙に文字を埋める作業を再開する。
「今までの私とお母さんの行いが悪かったのかなー…」
何かを反省しているようだ。
…ちょっと待て?
この物言いは、もしかして後ろめたいことでもあるのか?
「みっくんが授業参観のときを狙ってみんなでディズニーランド行ったり…わざとみっくんの分だけケーキを買ってこなかったり…定期的にみっくんの自転車の空気抜いたり…不慮の事故と装って階段から突き落とs」
「全部確信犯だったのかよ!!」
聞くに堪えなくなり叫んだ。
家族水入らずなんてどこの誰が言ったんだ!
思いっきり除け者扱いされてるじゃないか!
「みっくん」
騒ぎを聞きつけたのか、母が僕の部屋にやってきた。
この状況で、『勝手に部屋に入ってくるな』なんて言うほど僕も野暮じゃない。
「気づいてはいたわ…あなたが、常日頃からつまらなそうな顔をしているのは」
母は持ち前のアルカイックスマイルを僕に向けながら言う。
「私たちね、みんなみっくんのことが心配で心配で胸がはちきれそうだったのよ。だから、少しでも私たちを頼ってくれるように、いろいろと小細工したりもしてみたけれど、あなたは全然私たちを頼ってくれないんですもの。同じ家族でしょ? なのに、何でそんなに孤独になりたがるの? どうして私たちを避けるの? なにか理由があるのなら、お母さん聞くからちゃんと言って頂戴」
うわぁ……。
見事に何の感情もこもってねぇ…。
「私、悲しい。みっくんが私たちに何も言ってくれないのが、悲しい。同じ釜の飯を食う者同士、同じ屋根の下で過ごす者同士、どうして助け合えないのかしら…みっくんが何か重いものを抱えているのは分かっているのに、どうしてそれを私たちにも預けてくれないのかしら…そんなに、信用が薄いの? みっくんは私たちのことを家族だと思ってないの?」
「思ってるよ」
観念することにした。
これ以上反抗期を演じ続けても、時間の無駄な上にレポートが進まない。
「だから、もうそんな白々しい演技をするのはやめてくれないかな?」
「あら。分かってたのなら最初から言いなさいよ」
バレてると知れたら、すぐにこれだもんな。
結局これは、家族ぐるみのお芝居だったってワケだ。
こうなってくると姉も怪しいな。
「あ、そうだお母さん」
僕は部屋を出かかった母を呼び止める。
「午後から図書館に行ってくる。夕方には帰るから」
「分かったわ」
「…僕が家を空けている間に、冷蔵庫の奥に隠してある期間限定モンブラン食べたりしないでね?」
「――――なに言ってるの、そんなことしないわよ」
母のアルカイックスマイルが微妙に引きつった。
場所を移して、梅崎市立梅崎図書館。
毎週土曜日の午後に近くの図書館へ行くのは、僕の日課だ。
しかしそれにしても、最近は図書館の利用者数がめっきり減ってしまった。ここら一帯は梅崎市内でも閑散としているから、暇な人が集まる場所としてこの図書館は最適だった。それが、今となってはお年寄りや子供連れの親子が数組いる程度。それほど大きな図書館ではないが、2階にはパソコンルームや自由読書室なんかもあって、設備は整っている方だ。3ヶ月ほど前まではわりと込んでいた気がしたのだけれど。
思いつく理由といえば、やはり件の3ヶ月前にグランドオープンした梅崎ショッピングセンターが挙げられるだろう。前述した通りここら辺は片田舎なので、人も少なくお店もなかった。そこに救世主のごとく建設されたのが梅崎ショッピングセンターなのだった。フードセンターを筆頭に、1階にホームセンターや日用雑貨、洋服店、ブックストアなどが立ち並び、2階部分は大規模なゲームセンター、3階にはデンタルクリニックやスポーツ施設が併設されたマルチな構造となっていて、主婦や学生は大方そちらへ行ってしまったのだろう。
僕はというと、ぶっちゃけあまり興味がなかった。どれくらい興味がないかというと、一度も足を運んだことがないどころか、半径500mにさえ近づいたことがないほどだ。別に避けていたわけじゃない。ショッピングセンターが建てられた所は、元々僕の行動範囲から外れた位置にあったから近寄る機会がなかったというだけだ。行こうと思えば行けない距離ではないが、自転車で30分くらいかかるし、行ったところで特にやることもない。せめてブックストアで暇を潰すことくらいしか僕にはできないだろう。そしてそれは僕の行動範囲内にある古本屋で事足りている。よって僕が梅崎ショッピングセンターに行く必要性は全くもって皆無ということになる。
と、そんなことを僕は心の内で考えてはいたが、梅崎市内の中学生はそんなに懐古趣味ではない。現にクラスメイトの友達数人に誘われたことはあった。あんなに大きなショッピングセンターに向かって行っても暇なだけだなんてさすがにお粗末というものだから言ったりしないが、適当な理由をつけていずれも断っていたのは事実だ。
まぁ何はともあれ、図書館は公共施設だから利用者が減ったところで取り壊しになったりはしないだろう。静かな図書室で理科のレポートを仕上げるのも悪くない。
「ただ一つ欠点があるとすれば、図書館の中に長時間いるとのどが渇いてくるんだよな…」
これは僕にとってなかなか苦しい欠点だった。
テーブルにレポート用紙と筆記用具、参考資料が入ったバッグを置いて席を確保し、本棚へ歩みを進める。適当な書物を数冊抜き取って(主に“理科用語集”という肩書きのついたもの)戻ってきた。
ぶっちゃけて言うと、昨日の時点で理科のレポートは半分ほど終わっていた。テーマが“十円玉をきれいにしよう”なのだから無理もない。面倒なことは早めに済ませたがる性分の僕は昨日のうちに実験を終わらせてしまっていた。実験といっても、内容はそのまんま“十円玉をきれいに”することだ。一時間でお釣りがくる。
春休みが始まったのが本日19日。昨日、終業式が終わって帰宅する際に実験に必要な材料のあれこれを購入して家路に着く。リビングで韓流ドラマを見ていた母に台所の使用許可を求めると、「夕飯の前に済ませて頂戴」の一言だけだった。暗に実験を手伝ってほしい旨を匂わせていたのに、こういう時ばかり鈍感だ。意図的かもしれないが。
そんなこんなで翌日の今日、僕は朝から理科のレポート作成に精を出していたわけだ。予期せぬ姉の不法侵入により迫害されてしまったが、あの調子で自室で書き進めていれば午前中に仕上がるはずだったのだ。午後はのんびり読書でもして過ごそうと思っていただけに今のあんばいは僕にとってつらいものがあった。
これで家に帰ってモンブランがなかったりしたら、冗談抜きでグレてやる。
密かに決意を固めた僕だった。
「あれ? 君、もしかしてみっくん?」
さて気を取り直してレポートを再開させようと意気込んだ直後、後ろから声をかけられた。
僕のことを『みっくん』と呼ぶ人物は今のところ母と姉の二人しか存在しないはずだ。さてはどちらか一方がついてきたのか。母はこの時間帯、韓流ドラマを観るので忙しいだろうから、姉か……全く、僕の家族はどうしてどいつもこいつも僕の邪魔をしたがるのだろうか。僕か? 僕がいけないのか?
「って、その声は悠木さん?」
「エ? ……ちょ、やだ。なんで私の名前知ってるの? うわ、マジそういうのないんだけど」
「いや、名乗ったのはそっちが先じゃないですか」
「相変わらずノリが悪いわよねーあんた。そんなんで友達できるの?」
「悠木さんは僕の友達じゃないんですか?」
「えー…そこノーマルに突っ込むか? なんか罪悪感抱いちゃったじゃないのよ」
「…すみません」
だからそこはそういう風に普通の返事をするんじゃなくてetc...とガミガミ言っているこの人は、名を悠木瞳という。年齢は14歳で僕と同い年なのだが、訳あって僕だけ敬語&苗字呼びで接している。この人との関係は、またも訳あって後述する。
「で、何の用ですか?」
「この公共施設の第一線を担う図書館を、まるで自分の私物のように言うのね…」
「質問に答えてください」
「ハイハイ。せっかちなところは前会ったときと変わらないわねー」
「1ヶ月で性格が変わる人がいるとしたら是非お目にかかりたいですね」
「んー、まぁいるにはいるんじゃない? 仏の道を志した人とか」
「じゃなくて、質問に答えてくださいってば」
「あんたから振っといてその言い草はないでしょ」
「用がないなら僕はレポートを進めたいのですが」
「暇だったのよ。春休みだから部活もないし、宿題も……って、みっくん、なに理科のレポートなんかやってるの? 自習? クオリティ高いわねー」
「春休みの宿題です」
「…は?」
「春休み's宿題です」
「英語にしなくてもいいから…」
「悠木さんはないんですか?」
「…みっくん。全国的に、春休みに宿題を出す学校はほとんどないんじゃないかな…」
「じゃあ、僕の学校は特殊なんですね。他にも、社会化新聞や読書感想文、ポスターなんかの宿題が出ています」
これは嘘偽りなく真実で、(今まで当たり前だと思っていたが)僕の通う中学校は春休みも他の長期休暇と同様に宿題が出るのだった。一年生の頃は、なるほど、中学校は春休みも宿題があるのか、やっぱりそういうところは小学校とは違うなぁと一人感心していた僕だったが、おかしいのはこちらだったらしい。
「あ、でも、もしかしてそれって1月にあった事件と関係してるんじゃない?」
「…………あぁ、あの事件ですか」
「ニュースでも派手に取り上げられてたわよね。“松嶺大学付属中学校にて連続殺人事件勃発!!”とかいうやつ。ありゃあないわよね…」
「…えぇ」
にわかには信じられないかもしれないが、僕の通う中学校――――松嶺大学付属中学校では、新年始まって間もない1月9日から1月14日にかけて、連続殺人事件が起こっていた。その犯人は……いや、この場で言うのはやめておこう。まがりなりにも犯人は僕たちにとっての先輩であり、先週卒業した三年生なのだ。もちろん、正式な形で卒業することはできなかったが、何にしてもあの事件についてはできるだけ語りたくはない。
そんなご大層な事件が身近に起こっておきながら『暇だなぁ…』なんて言葉から物語を始めるなと言われればそれまでなのだが、僕にとってあの事件は一生記憶に刻まれることとなるだろう禍々しいものだ。直接事件に関わったわけじゃないだけで、その恐怖は思い出すだけで身が震える。
「あ……ごめんね。なんか、思い出させちゃったみたいで……」
「いえ。――――もう、過ぎたことです」
「あの事件が起こってから、1月いっぱいは臨時休業だったんでしょ? だから宿題を出さざるを得なかったとか」
「そうですね。去年と比べて、今年は3倍近くの量の宿題が出ています。まぁ、1月は冬休みを継続させたようなものでしたからね。本当なら春休みがなくなっても不思議じゃないくらいですよ」
「20日近く休みにしちゃったら、そりゃ大変だったでしょうね、学校側も…。受験生とか大丈夫だったの?」
「なんとかなったみたいですよ。犯人の先輩は、郊外の高校に左遷されたそうですが」
「左遷ね…。サラリーマンじゃないんだから、もっとマシな言い回しはできないの?」
「あんまり語学力ないんですよ。僕って、もともとあまり率先して会話するようなキャラじゃないんで」
「どうでもいいけど、左遷って聞くと、超早口で『すみません』って言われてる気にならない?」
「ならない上に真実どうでもいいですね」
「みっくんって、たまーに鋭い一言を言うよね」
「そりゃサーセン」
「そこは『左遷』でしょ!!」
ホンットにノリ悪いわよねー、と、悠木さんは僕をにらみつけて言った。
「大体ですね……そういうのって僕は良くないと思うんですよ。本当に申し訳ない気持ちがあったら、普通は『サーセン』ってだらしなく崩さないできちんと『すみません』って言うもんでしょう。今は文脈の流れで言ってしまいましたが」
「…あんた本当に平成生まれ? なんでそんなに懐古主義なの?」
「別に懐かしんでるわけじゃないですけどね…。いや、だって当たり前じゃないですか? 僕が将来どこかの会社の上司とかになって、仕事をミスした部下が『サーセン』なんて言ったらとても許す気にはなれませんよ」
「それはまぁ、そうかもしれないけど…ほら、あれじゃない? 友達とか、仲がいい者同士で使う場合にはそういうお咎めはないでしょ。俗語ってやつよきっと」
「今時の若いもんはこれだから」
「うわ、年寄りくさー」
「僕が若い頃はですね」
「あんた現在進行形で若いじゃん」
「ノってみたんですよ」
「分かりにくっ!!」
と、悠木さんの突込みが鋭く決まったところで、午後2時を知らせる柱時計が鐘を鳴らした。
「あ、もうこんな時間じゃないですか」
「そういえばあんた、レポート書いてたんだっけね」
「悠木さんと話してると、時がたつのを忘れますよ」
「その言い回しって、基本的に相手をほめるときに使う言葉だけど、この場合は迷惑の意と解釈して相違ないのかしら?」
「構いませんよ。及第点です」
「正解は?」
「…言わずもがな、ですよ」
「酷いっ!!」
悠木さんは人並みに空気を読める人だった。
是非見習ってもらいたい血縁者が約2名。
「分かったわよ、出て行けばいいんでしょ!! それであなたは満足なんでしょ!!」
「昼ドラみたいな台詞を言わないでください」
「もういいもん! えぇ承知したわよ、帰ってやろうじゃない! さようならまた会う日まで!!」
月並みな捨て台詞を残して、彼女はその場から立ち去ろうと――――
――――「ちょっと君たち」
ふいに第三者の声が挟まれ、僕と悠木さんは振り返った。
そこには、中年の、ある程度身なりの整った男の人が立っていた。
中学生の性として、この年代の男の人に話しかけられると自然と身構えてしまう僕。
しかし、男の人の首にかけられたネームプレートを見て、全てを悟った。
「図書館を利用してくれるのは結構なんだけどね。ほら、受験生とかもいるし。あまり騒がれると他の人の迷惑になるから」
その後10分間、僕と悠木さんは梅崎図書館責任者の人に説教されることとなった。
午後2時半過ぎ、家に帰った。
母と姉は買い物に行ったらしく、鍵がかかっていたので、僕はあらかじめ外出時に持ち歩いている合鍵で玄関のドアを施錠した。
リビングに向かい、冷蔵庫を開ける。
モンブランがなくなっていた。
次回から登場人物とか紹介します。
敢えて見ないで新鮮な気持ちで読みたいっていう方、もしかしたらいる可能性も捨て切れないのでそういう方、うん、別に飛ばしても構わないと思いますんで。まぁそんな感じで、次のお話も読んでくれたら嬉しいな、読んでくれなくてもコレ読んでくれて嬉しかったですありがとうございます。
乞うご期待。