第五話 家寄ってく?
高嶺の花であったヒロイン光崎アリスと友達になった小山純太郎。
彼女の秘密を唯一知っている純太郎は、彼女と一緒に誰もいない図書室で、オタ友会をすることになったが……
第一回オタ友会は、気づけば2時間を軽く超えていた。
図書室の窓の外は、もうすっかり暗い。
校庭の照明が点き、ガラスに反射した光が、ぼんやりと揺れている。
「……そろそろ、帰らないと」
そう言ったのは、光崎アリスだった。
「門限ってほどじゃないけど、迎えが来るから」
「迎え、ですか」
迎え。
その単語一つで、現実に引き戻される。
(ああ、そうだよな)
彼女は、光崎アリスだ。
「女子寮って、遠いんですか」
男子寮とは真反対にある女子寮について聞いた。
「遠くはないんだけど、私は学校の寮じゃなくて、家から通ってるから」
さらっと言う。
この学校は全寮制だ。
例外は、ほとんどない。
「……理由、聞いてもいいですか」
少し踏み込み過ぎてしまったか?
そう思っていると彼女は答える。
「お父さんが、過保護なの」
「過保護……」
「財閥の会長って立場だからさ。
『寮は不特定多数が出入りする』とか、『何があるか分からない』とか」
どこか他人事みたいな口調。
「それで、結局ずっと家から通学」
軽く言っているけれど、
それが「普通じゃない」ことくらい、僕にも分かる。
「……大変ですね」
「まあ、慣れてる」
「本当は私もみんなと寮生活したいんだけどね、」
そう言って笑うけど、
どこか線を引いた笑い方だった。
もうすっかり人の気配がない校舎を降り、
玄関口で靴に履き替える。
二人でいるところを誰かに見られていないか少し神経質になってしまう。
そうしていると
玄関の入口で、静かな足音が止まった。
スーツ姿の男性が、一礼する。
「お嬢様」
低く、落ち着いた声。
「お迎えに上がりました」
一瞬空気が変わった。
(……執事?)
年齢は40前後。
背筋が伸び、無駄のない立ち姿。
お堅いヤクザのようにも見えてしまう。
この学校の校舎には、どう考えても場違いな存在感。
「ありがとう、服部」
光崎アリスは、自然にそう返した。
「……失礼ですが」
服部と名乗った男性が、こちらを見る。
値踏みするようでもあり、
同時に、護衛の目でもあった。
「こちらの方は?」
「友達」
即答だった。
ニヤけてしまいそうな表情筋を固めていると
彼女は続ける。
「オタク友達なんだ」
心臓が、遅れて跳ねる。
服部は、ほんの一瞬だけ僕を見つめてから、
深く一礼した。
「服部と申します。
お嬢様がお世話になっております」
「い、いえ……こちらこそ」
反射的に、背筋が伸びる。
(何この圧)
「じゃ、またね」
彼女は、いつもの調子で言った。
「次、いつ来る?」
「……基本、毎日いますけど」
「じゃあ、不定期開催で」
くすっと笑う。
「オタ友会…」
「……承知しました」
彼女の笑顔があまりにも神々しく見とれてしまう。
そうして、僕は見送る側になった。
学校を出ていく二人の背中。
執事と令嬢。
(住む世界、違いすぎだろ……)
分かっていたはずなのに、
改めて突きつけられると、自分の不甲斐なさに飽き飽きしてしまった。
***
それから。
オタ友会は、本当に不定期で開催された。
僕が図書室にいると、
放課後、ふらっと彼女が現れる。
話題は、毎回竜巻ガールのシノゴ。
原作小説の伏線。
アニメでカットされた心理描写。
改変されたセリフの是非。
「ここさ、絶対『迷ってる間』を入れるべきだったと思うんだよね」
「……あれがないと、サチの選択が軽く見えます」
「でしょ!」
声を潜めながら、真剣に語り合う。
図書室の夕焼け。
本棚の影。
誰にも邪魔されない時間。
気づけば、二週間が経っていた。
相変わらず、クラスでは話さない。
昼は、遠い存在のまま。
でも、放課後だけは違う。
(……不思議だな)
今日もまた、
図書室の扉が静かに開く。
「小山くん」
聞き慣れた声。
オタ友会は、続いていく。
***
その日、図書室を出たのは、閉館ぎりぎりだった。
窓の外はすっかり暗く、
校舎の廊下には、もう人影もない。
「……あれ」
光崎アリスが、スマホを見ながら小さく呟いた。
「どうしました?」
「うん……いつもなら、もう来てる時間なんだけど」
“いつも”。
その一言で、察しがつく。
迎え――あの執事のことだ。
玄関の前で、二人並んで待つ。
時計の針が、静かに進んでいく。
五分。
十分。
二十分。
それでも、誰も来ない。
「連絡、つかないんですか?」
理由は分からない。
事故かもしれないし、
単なる手違いかもしれない。
ただ一つ確かなのは――
いつもの時間を、だいぶ過ぎても来ていないということだけだ。
やがて、館内放送が流れる。
校舎の施錠を行います。まだ学校にいる生徒は至急寮へ帰宅してください。
僕は、息を吸った。
「……あの」
自分から言い出したことに、少し驚く。
「もしよければ、ですが」
言葉を選ぶ。
選びすぎて、遠回りになる。
「このまま待ち続けるより……」
「?」
「家まで、お送りしますけど」
……一瞬の沈黙。
光崎アリスは、僕の顔を見て、
それから、少しだけ戸惑ったように笑った。
「……いいの?」
「はい。その、もう遅いですし」
完全に、建前だ。本音は、
もっと単純で――
「じゃあ……お願いしようかな」
そう言って、鞄を持ち直す。
そうして校舎の校門を出て街へ出る。
夜の道は、やはり静かだ。
街灯の下を、二人並んで歩く。
風はあるが、空はまだ持ちこたえている。
「小山くんって意外に漢なんだね。」
少し嬉しそうに光崎アリスは微笑む。
僕は、特に言い返すことなく、気恥ずかしくなり少し俯いてしまった。
「………………」
「……………………」
この二週間のおかげで彼女との沈黙をあまり気まずいと思うことがなくなったような気がする。
こうして二人は、少しの沈黙と、やはりアニメの話をして夜の街を進んでいく。
「……ここから、もう少し」
彼女が指差した先に、
高い塀と、大きな門が見えた。
近づくにつれて、
その“規模”がはっきりしてくる。
(……でか)
言葉を失う僕をよそに、
彼女は慣れた様子で立ち止まった。
「ここ、私の家」
門の向こうに広がるのは、
明らかに“デカすぎる“敷地。
その瞬間だった。
ぽつり。
アスファルトに、黒い点が落ちる。
ぽつ、ぽつ。
次の瞬間、
まるでタイミングを計ったかのように――
雨が、一気に降り出した。
「……あ」
二人同時に、空を見る。
傘は、ない。
雨音が、門と塀に反響して、
世界が急に閉じた感じがした。
「……着いた途端だね」
僕は、門の前に立ったまま、
一歩も動けずにいた。
(……この状況、どう考えても)
彼女は、ほんの一瞬だけ迷うような素振りを見せてから、
こちらを見る。
「……雨、ひどくなりそうだしさ」
いつもより、
少しだけ柔らかい声。
「よかったら、雨宿りしていく?」
それは、
特別な意味を含んだ誘いじゃない。
ただ、
雨で帰られない友達がいたら、自然な流れの一言。
なのに。
胸の奥が、ざわつく。
「本当にいいんですか?」
あまりに予想できなかった出来事に戸惑う。
「風邪ひいちゃダメだし、この雨、結構強くなると思うから」
少し照れながら光崎アリスは答えた。
「そ…それじゃあ…失礼します……」
そう答えた自分は、今年で一番漢だっただろう。
彼女はニコッと笑い、そして当然のようにとても荘厳にたたずむ門を開けた。
門が、ゆっくりと開く。
雨音に包まれながら、
僕は一歩、足を踏み入れた。
第五話・完
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