第三話 好きなの
光崎アリスは……
確かに期待した、あの光崎アリスが僕を見つけて話しかけてくれるのを。
そしてその期待は現実となる。
「えっ…な…なんのご用でございます?」
キョドりすぎてしまい日本語が変になる。
「あのね、前言おうと思って言えなくて…頑張って伝えようと思ったんだけどね……話す機会が無くて……」
光崎アリスは右下に目線をやり、緊張した面持ちで、顔を赤く火照らせている。
相当緊張しているようだ。
僕の様子を伺いながら彼女は続けた、
「私ね…好きなの!!」
思考が、完全に停止した。
まさか――
僕は、あの光崎アリスに告白された……らしい。
理解が追いつかず、
ポカンと間抜けな顔を晒していると、
光崎アリスは、はっと我に返ったように両手で口元を押さえ、
次の瞬間、耳まで真っ赤にして言った。
「……言っちゃった」
声が、かすかに震えている。
「私が、アニメ好きってこと……本当に言っちゃった……」
(――え、なんやて?)
意味が分からず、
思考停止したまま、さらに間抜けな顔になる。
「……この前、ここで会ったとき」
彼女は、視線を逸らしながら言葉を繋ぐ。
「ラノベ、持ってたでしょ。あれ、本当は資料でもなんでもなくて……」
一瞬、こちらを見て、すぐに目を伏せた。
「……ただ、本当に好きなだけなの。あのアニメのこと」
頬は赤く、
肩はこわばり、
今にも消えてしまいそうである。
「でも……」
彼女は小さく息を吸い、続ける。
「家柄とか、周りからの評価とか……そういうのを気にしちゃって」
指先で、ぎゅっとスカートを掴む。
「自己紹介では、
本当の趣味を話すことができなかったんだ」
その声には、
後悔と、諦めが混じっていた。
「でもね、一番初めに君が自己紹介をして自分の本当に好きなことを言えているところを見て勇気は貰えたんだよ、」
彼女は俯きながら付け足した。
「結局言えなかったけど、」
彼女は、少しだけ勇気を振り絞るように、顔を上げる。
「それでね、自己紹介のとき、君がそのアニメのこと一番好きだって言ってるのを見て、」
一瞬、目が揺れた。
「……話したいなって、思ったの。」
「ほ、ほら。あのアニメだいぶマイナー寄りで初めて知ってる人がいたから」
その言葉は、驚くほど静かで。
だけど、胸の奥に真っ直ぐ刺さった。
(……なんだ、それ)
僕は、ずっと。
あの日の自己紹介を「失敗」だと思っていた。
オタク認定されて、
笑われて、
距離を置かれて。
なのに。
その「失敗」が、
誰か一人にとっては――
「話したい理由」になっていた。
喉が、ひくりと鳴る。
「……その」
言葉を探す。
頭が追いつかない。
「正直に言うと」
少しだけ、間を置いて。
「僕、あの自己紹介、めちゃくちゃ後悔してました。」
彼女の表情が、ぴくりと動く。
「完全にやらかしたと思ってたし、今日までずっと“高校デビュー失敗したな”って思ってました。」
自嘲気味に笑う。
「だから……まさか、そんなふうに思われてたなんて、思ってもなかったです。」
光崎アリスは、目を見開いたまま、数秒黙り込んだ。
それから、ふっと力が抜けたように小さく笑う。
「……そっか」
その笑顔は、
クラスで見せるものとは違った。
少し幼くて、
少し不安そうで、
でも、確かに“素の顔”だった。
誰かに見せるためのものじゃなくて、
今ここにいる“本当の光崎アリス“としての表情。
光崎アリスは、ほんの少しだけ視線を落とした。
「えっとね、私、別に友達がいないわけじゃないの」
その言い方は、どこか現実的だった。
「話しかけてくれる人もいるし、誘われることもある。
周りから浮いてるってわけでもないし」
事実として述べているだけ。それは彼女よりも僕の方が理解しているほどだ。彼女は誰がどうみても一軍である。
自慢でも、卑下でもない。
「でもさ」
そこで、少しだけ声が低くなる。
「本当に好きなものの話とか、くだらないこだわりとか、 そういうのをちゃんと話せる人はいなくて」
「いつも、『へえ』とか『すごいね』で終わる会話ばっかりで。 それ以上、踏み込まれないし、踏み込めない」
その感覚は、
僕にも覚えがあった。
「だから……」
彼女は、ちらりとこちらを見る。
「君が自己紹介で、アニメを好きって言ったのを見たとき、 感心と同時にちょっと驚いたんだ」
「驚いた?」
「うん」
彼女は小さく頷く。
「好きなものを好きって言うのに、
あんまり迷ってなかったでしょ」
(……そんなつもり、なかったんだけどな)
あのときは緊張で頭が真っ白だったし、
結果的に空回った自覚しかない。
「だからね」
光崎アリスは、少しだけ微笑んだ。
「“この人なら、変に取り繕わなくてもいいかも”って思ったの」
胸の奥が、きゅっと縮む。
「……買い被りすぎだと思います。」
そう返すと、
彼女はくすっと笑った。
「そうかも」
「でも、少なくとも」
もう一度、こちらを見る。
「君と話してるときは、
“ちゃんと会話してる”って感じがする」
その言葉が、
じわじわと効いてくる。
(やばいな)
彼女、距離の詰め方が上手すぎる。
「だからさ」
声のトーンが、少しだけ柔らかくなる。
「……?」
「君さえ良ければ、」
一瞬間を置いて。
「私の友達になってくれないかな」
その言葉が、静かな図書室に落ちる。
告白みたいで、
でも告白じゃなくて。
軽いお願いみたいで、
でも、妙に重い。
(……友達)
その二文字を、頭の中で転がす。
その言葉は、絶望から希望へ僕を救う。
メシアの言葉であった。
「……いいんですか?」
間の抜けた返事しか出てこなかった。
「いいのって?」
「いや、その……」
言葉を選びながら、続ける。
「僕、見ての通りだし。
クラスでも、橘の取り巻きとかから嫌われてますし。」
自分で言っておいて、少し苦笑する。
「あなたの周りにいる人たちと比べたら、釣り合わないっていうか」
言い訳だ。
分かってる。
でも、言わずにはいられなかった。
光崎アリスは、少しだけ目を細めた。
「……釣り合い、とか」
その言葉を、噛み砕くように繰り返す。
「そういうの、あんまり好きじゃないな」
そう言ってから、
一歩、こちらに近づいた。
「私が友達になりたいって言ってるのに、
周りの基準で決められるの、ちょっと嫌」
その声音は、穏やかだけどはっきりしていた。
「それに」
一瞬、言葉を探すように視線を泳がせてから。
「さっきも言ったでしょ。
君と話してるときは、ちゃんと会話してるって感じがするって」
胸の奥が、またぎゅっと締め付けられる。
「だから」
光崎アリスは、少しだけ照れたように視線を逸らす。
「クラスでは今まで通りでいいし、無理に一緒にいなくてもいい」
条件を提示するみたいに、指を一本立てる。
「でも、図書室とか、こういう二人きりになれる場所では」
もう一本。
「好きなものの話、してほしい」
二人きり――今日初めてちゃんと話した美少女から発せられるそれは僕の内臓を圧迫する。
そして、最後に。
「私も、するから」
(友達になりたいって……)
それも、
あの光崎アリスが、自分から。こんな僕に。
嬉しくないわけがなかった。
ただ、その感情をどう言葉にしていいか分からなくて、
一瞬だけ、間が空く。
「……あ、いや」
慌てて、首を横に振る。
「その……」
言葉を探して、少しだけ視線を逸らす。
「僕なんかでいいなら……」
声が、思ったより小さくなった。
「……ぜひ、お願いします」
自分でも驚くくらい、素直な言葉だった。
それを聞くと、
光崎アリスはぱっと表情を明るくする。
「ほんと?」
「はい」
今度は、はっきり頷いた。
第3話・完
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