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第二話 空白

何も起きることなく立ってしまった一カ月

その一カ月の空白が音を立てて追ってきた

 結論から言うと――

 入学式から一ヶ月、僕の身の回りでは何も起こっていない。

本当に、何も。


 図書館でのあの出来事から今日まで、

 僕が光崎アリスと話す機会は一度もなかった。


 廊下ですれ違うことはある。

 教室で視界に入ることもある。

 けれど、それだけだ。


(……まぁ、そんなもんだよな)


 最初から分かっていたはずだ。

 あの日の図書館はたまたま出会っただけで、話しかけてくれたのも初日だったからだろう。

 元から彼女とは住む世界が違うのだ。


 それよりも――。


 大事なのは橘の存在だった。


 橘朱たちばなあかを中心にした人間関係は、この一カ月でほぼ完成していた。

 男女問わず、自然と人が集まり、休み時間には常に笑い声が絶えない。


 すると自然と、橘の取り巻き発信で僕への悪評をばら撒かれる。

  (誘いを断っただけなのに)



 誰が中心で、誰が周縁か。

 クラスの序列は、もう固定されつつある。

 そして。

 やはり、光崎アリスは、当然のように一軍にいた。


 橘の隣。

 少し距離を保ちつつも、輪の中。

 誰もが一目置き、誰もが気を遣うポジション。


 ――財閥令嬢。

 ――成績トップクラス。

 ――容姿も完璧。


 三種の神器のような武器を備えている。

 最初から、そこにいるべき人だったのだろう。


(……俺は、この一ヶ月何やってんだ)


 自分の席で、ぼんやり窓の外を眺める。

 クラスの喧騒は、ガラス一枚隔てた向こうの世界みたいに遠い。


 そんな日々の中で。

 こんな僕にも一応、唯一と言っていい変化があった。


「小山、今日も図書室いく?」


 昼休み。

 声をかけてきたのは、

 後ろの席の男子――藤堂直哉とうどうなおやだった。


 背は高くない。

 髪はぼさっとしていて、眼鏡。

 服装も地味。


 橘とは、真逆のタイプ。

 ちなみにこいつも親睦会には行かなかったらしい。

 理由は推しアイドルのライブ配信があったからだと。


「まあ……行くけど」


「だよな。俺も」


 藤堂は、当たり前みたいにそう言った。


 ニ週間前、偶然同じタイミングで図書室に行ったのがきっかけだった。

 最初は会釈だけ。次は一言。

 それを何度か繰り返して、気づいたらこうなっていた。


「小山ってさ」


「ん?」


「橘のこと、苦手だろ」


 ストレートすぎて、思わず笑ってしまった。


「……分かる?」


「分かるよ。俺も」


 藤堂は小さく肩をすくめる。


「別に嫌なやつじゃないんだけどさ。

 ああいう“空気を支配するタイプ”、息苦しいんだよ」


 その言葉に、少し救われた気がした。


(俺だけじゃない)


 それだけで、人は楽になる。


 図書室へ向かう途中、廊下の向こうから声が聞こえてくる。


「アリス、今度の休日さ――」

「えー、行く行く」


 橘と、光崎アリス。周りを囲む男女数名。

 楽しそうな声。

 一カ月前に橘に強引に連れられたあの光崎アリスとはどうにも思えない。

 今の彼女はあの時のどこか距離のある口調ではなく、素の自分で話し合えているように見える。


 そんなことを思っていると、藤堂も気づいたらしく、ちらっとそちらを見てから、視線を逸らした。


「……すごい世界だよな」


「だな」


 それ以上、何も言わなかった。


 図書室は、相変わらず静かだった。

 本の匂いと、ページをめくる音だけの世界。


 ここだけは、一カ月前と何も変わっていない。


 安心する一方で――

 どこか、物足りなさも感じている自分がいる。


(あの日、何を言おうとしてたんだろう)


 考えるだけ、無駄だ。


 そう分かっているのに。


 その日の放課後。

 藤堂は先に寮へ戻り、一人で帰り支度をしていると、

 図書室の入口で、この一ヶ月で見慣れてしまった銀髪が揺れた。


 光崎アリスだった。


 彼女は、一瞬だけ図書室を見回し、

 そして――まっすぐ、こちらを見た。


 目が合う。

 胸が、嫌な音を立てる。

 高鳴ると言うより、叩かれる感覚に近い。


 彼女は小さく息を吸ってから、口を開いた。


「えと、小山くん」


 光崎アリスに話しかけられた。

 一カ月の沈黙が、

 一気に距離を詰めてきたのを感じ取った。



              第二話・完

読んでくださり本当にありがとうございます!

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