第一八話 五組の美人
第一八話 五組の美人
――中間考査、最終科目。
「では、後ろから答案を回収します。名前と番号を確認してから出してください」
僕はシャーペンを置き、答案用紙をそっと重ねた。
(……やっと終わった〜)
胸の奥に溜めていたものが、じわっと抜けていく感覚がした。
答案が回収され、先生が枚数を数える。
教室は静まり返っている。
「……はい、そろった。では、解散。お疲れさま」
その一言で、教室の空気が一気にほどけた。
「うおお終わったぁ!」
「死んだ……数学死んだ……」
「英語意味わからん……」
叫び、ため息、机に突っ伏す音。
いつものクラスが戻ってくる。
(……多分かなりできたぞこれ……)
自惚れかもしれない。
だけど、問題を見た瞬間に手が動いた感覚がある。
あの七日間の勉強会が、確かに僕の中に残っている。
ふと視線を上げる。
光崎アリスは、席で静かに筆記具をしまっていた。
涼しい顔。無駄のない動作。
あの「鬼教官」モードなんて、最初から存在しなかったみたいだ。
そんな彼女を見て、
僕は、意を決して立ち上がった。
(打ち上げしましょう)
その一言を言うために。
彼女の机に一歩近づき、息を吸う。
「……光崎さ……」
口が動いた、その瞬間だった。
がらり、と教室のドアが開いた。
そして、教室の空気を割るような大声が飛んでくる。
「小山くん、いますかーー!!」
――時間が止まった。
ざわざわしていた教室が、一秒で静まり返る。
全員の視線が、ドアへ向かう。
そこに立っていたのは――
他クラスの女子だった。
艶のある黒髪ボブ。
毛先がぴしっと揃っていて、光の反射がやけに綺麗に見える。
前髪は整えられ、目がはっきり見えるせいか、視線が強い。
五組で一番美人で人気。
噂で何度も聞いた、その名前が頭の中で結びつく。
(……釧路七)
学年で最注目の女子が光崎アリスだとしたら、ニ、三番目に彼女の名が出るだろう。
存在感が強すぎる。
髪も、目も、表情も、「目立つ」ためにあるみたいな人だ。
しかも今。
その釧路七が、教室の入口で、真っ直ぐこっちを見ている。
「お、いたいた」
にっと笑って、もう一度はっきり言った。
「小山くん!ちょっと来てほしいんだぜ。」
……だぜ。
本当に言うんだな、この人。
噂に聞いていた語尾に少し感心してしまった。
教室が再びざわつく。
「え、今小山って言った?」
「五組の釧路じゃん」
「え、まって、あいつが呼ばれてんの……?」
視線が、刺さる。
僕の体温が一気に上がる。
「……え……僕ですか?」
情けないくらい小さい声で返事をすると、釧路七は満足そうに頷いた。
「このクラスの小山は多分君しかいないんだぜ」
「よし!ほら、行くぞ」
何が起こっているのか分からない。
分からないけど、今この空気で、光崎アリスに「打ち上げしませんか」なんて言えるわけがない。
釧路七は、僕の迷いを気にせず言う。
「すぐ終わる話だぜ。大丈夫」
その「大丈夫」は、僕のためじゃなくて、彼女の都合の言い方に聞こえた。
断る理由を探す。
でも、教室中が見ている。
ここで変に拒んだら、明日から別の噂が生まれる。
僕は喉を鳴らして、頷いた。
「……わ、分かりました……」
「よし!」
釧路七は踵を返し、廊下へ出る。
僕は彼女に何も言えないまま。
打ち上げの言葉を、喉の奥に押し込んだまま。
五組の美人について行く。
教室を出る直前、光崎アリスの方に振り返る。
光崎アリスは、席でこちらを見ていた。
どこか唖然としている。
笑っていない。
怒ってもいない。
ただ、静かに、何かを測るみたいな目。
それが、なぜだか一番怖かった。
廊下に出ると、ドアが閉まる音が小さく響いた。
(……僕、何してるんだろ)
胸の奥のざわつきが消えないまま、
僕は釧路七の背中を追いかけた。
第十八話・完




