第一七話 地獄と天国
第一七話
――この七日間のことを、僕は一生忘れないと思う。
光崎アリスの家に行ける。
二人きりで勉強会。
教室で誘われたとき、話しかけられた驚きと同時に僕は
少し――いや、かなり浮かれていた。
静かな家で、
隣に座って、
たまに雑談なんかしながら、
穏やかに勉強する。
そんな光景を、疑いもせず想像していた。
……だが。
現実は、違った。
あの日、僕は地獄を見たんだ。
◇
「じゃあ、始めよっか」
そう言って笑った光崎アリスは、
いつもの穏やかな彼女だった。
少なくとも、最初の五分間は。
「英語から行こう」
「……はい……」
問題集が開かれ、
ペンが走り出す。
「……ここ、主語抜けてる」
「……ここ、時制の一致が間違ってるよ」
「……今の単語、意味答えられる?」
(……あれ……?)
指摘が容赦ない。
英語が終わったと思ったら、数学。
「この問題、途中式省かないで」
「なんでここでこの公式?」
「理解してないまま解くの、一番だめだよ」
ペンを持つ彼女の雰囲気が、
明らかに変わっている。
(……こわ……)
いつもアニメの話をしているときの、
あののんびりとした空気はどこにもない。
(この人、ペンを握ると人が変わるタイプだ……)
僕は、彼女がこれまで漫画を読んだり、アニメについて語ったりしているところしか知らず。
勉強をしている素振りなどを見たことがなかった。
だが、この日、彼女がどのように主席合格してこの学校に入ってきたのかを思い知った。
それは圧倒的な集中力と自分への厳しさであったのだ。
「小山くん」
「は、はい……」
「まだいけるよね?」
にこっと笑って、言う。
いける、とは言っていない。
いく、前提だ。
そこから先は、もう――
英語。
数学。
英語。
数学。
休憩?
そんなものは彼女の選択肢にはない。
そうして、気づけば外は暗くなっていた。
「……あ」
時計を見て、アリスが言う。
「もうこんな時間だ」
その言葉で、ようやく解放される。
五時間。
五時間、みっちりだ。
(……生きてる……)
放心したまま席を立つと、
「ご飯今度は私が作ってあげるから、食べていってよ」
何事もなかったように言われた。
「……え……?」
「だから、晩御飯一緒に食べよ」
さっきまでの鬼教官はどこへやら。
いつもの光崎アリスがそこにはいた。
彼女の家で彼女の作ったご飯を食べるというのは、
確実に普通の関係では起きないことのようでどこか誇らしくなってしまう。
そうして、彼女の作ったパスタを食べる。
味はとても美味しく、意外にもジャンキーだった。
隣に座り合い、
アニメの話をして、
少し笑って、
先ほどまでの地獄とは対照的にそこには天国が広がっていた。
「テストまではずっと勉強会しようね!」
楽しい食事中、突然銀髪の悪魔が僕へ微笑む。
「前の約束、私忘れてないよ」
「……も、もちろん……です……」
◇
僕はこの地獄と天国の同時進行を、
今日、つまりテストまでの七日間、
毎日続けてきた。
僕は重い足を引きずり、教室のドアを開ける。
この七日間の苦痛の意味を今から、ここで、晴らすと決めて。
第一七話・完
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