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第一五話 視線の中で


 午前の授業は、ほとんど記憶に残っていない。


 黒板に書かれた数式も、先生の声も、全部遠い。

 頭の中にあるのは、朝の出来事だけだった。


 ――おはよう!!

 ――昨日ちゃんと帰れた?

放課後の時みたいに話しかけてくる光崎アリス。

それにより、クラス全員の視線が突き刺さるあの地獄。

彼女の真意は分からない。


 チャイムが鳴る、四時間目の終わりと共に昼休みを告げる。


 椅子を引く音と同時に、生徒たちが一斉に立ち上がる。

 僕も流れに乗るように席を立ち、流れるように食堂へ向かった。


 ここなら、多少は落ち着ける。

 そう思っていた。


 食堂はいつも通り混雑していた。

 一年から三年までの全生徒がこの大規模な食堂を使うからだ。

 トレーを持って並び、適当に空いている席を探す。

 いつも通り窓際の端の席に座り、

 一番安いかけうどんを食べようとする。

 その時だった、


「小山くん」


 心臓が、嫌な音を立てる。


 振り返ると、そこにいたのは光崎アリスだった。

 制服姿のまま、当たり前みたいに立っている。


「……な、なんでしょうか……」


 声が、我ながら情けない。


「一緒に食べよ」


 断定。


「……え?」


 食堂。

 人目しかない場所。

 逃げ場は、ない。


「……えっと……」


 言葉に詰まる僕を見て、アリスは少しだけ首を傾げた。


「嫌?」


「今の見た?」

「光崎アリスが陰キャそうなやつとご飯食べてる」

「光崎から誘ってたよな?」

 周囲の反応は予想通り。

 彼女は他クラスにわたり有名なため、四組以外の生徒も視線を向けてくる。


 視線が、刺さる。


「……わ、わかりました……」


 観念して答えると、アリスは小さく笑った。


「よかった」


 迷わず僕の前の席に座る。


 彼女がトレーにのせているのは、卵サラダにヨーグルト、生姜焼き定食である。


「健康的ですね……」


 何をいえばいいのか分からず、とりあえず思い浮かんだことを話した。


「ヨーグルトと卵は毎日食べるようにしてるんだ〜」


 いつもの図書室での光崎アリスとなんら変わらない。

 それが普通なはずなのに、普通ではないのである。

 僕は意を決して彼女の真意を尋ねる。


「あの……なんで朝とか今とか、僕に普通に話しかけてきたんですか?」


 僕は付け足す。


「……クラスとか放課後以外は話さないんじゃ?」


 僕は周りに聞こえないような小声で聞いた。

 すると彼女は僕の目をまっすぐ見て言った。


「私ね昨日思ったんだ、このまま小山くんとクラスで話しをしないとまたいつか君に避けられるんじゃないかなって」


 僕の目を見ていた美しい瞳は少し下を向く。


「そんなことっ……ないですよ…」


 完全な否定はできなかった。

 確かに、いずれ橘達と楽しそうに話している彼女を教室の陰で見続けていくと、

 また前のように彼女から離れるという考えに辿り着いてしまうかもしれない。


 彼女は静かに言う。


「あと、本当の友達と教室で喋らないってやっぱりおかしいと思うの」


 ――本当の友達

 そう言われてグッとうれしさが溢れ出してくる。


「……そ、そう……ですね……」


 喉がひどく乾いていて、声がうまく出なかった。


 アリスは、そんな僕の反応を特に気にした様子もなく、

 箸を持ち直して生姜焼きを一口かじる。


「ん、美味しい」


 至って普通の昼食風景。

 ただし、僕の心拍数だけが異常だった。

 箸を動かしながら、彼女が何気なく言う。


「放課後のこと、覚えてる?」


 ごくり、と喉が鳴る。


「……は、はい……」


「ちゃんと来てね」


 それだけ。


 周囲に聞かせる気も、隠す気もない、軽い口調。


 その瞬間だった。


 少し離れた席から、こちらを見ていた橘と目が合う。

 一瞬、驚いたような顔をして、

 次の瞬間には、はっきりと“面白くなさそう”な表情に変わった。

 入学式の日の橘とは考えられない表情をしていて縮こまってしまった。

  だが、そんなことはお構いなしに、

 光崎アリスは僕のトレーをちらっと見て言う。


「うどんだけ?それで足りる?」


「い、いつもこれなので……」


「そっか」


 そう言って、彼女は自分のスプーンに乗った卵サラダを僕の口元へ寄せる。


「一口いる?」


「い、いえっ!?」


 声が裏返る。


「……冗談だよ」


 くすっと笑うアリス。

 無邪気な彼女は僕を揶揄う。


 彼女は昨日読んだ漫画の話をしながら食べ進めていく。

 僕はというと、周りの視線が気になって安い相槌ばかりになって彼女の話を聞いていく。


「じゃあ」


 食べ終わった彼女が、立ち上がりながら言う。


「放課後、忘れないでね」


 そう言って、何事もなかったようにトレーを返却口へ向かう。


 残された僕は、

 食堂中の視線を一身に浴びながら、

 すっかり伸びてしまったうどんを見下ろした。


(……もう、完全に後戻りできないな……)


 そう思いながらも、

 胸の奥は、不思議と温かかった。

           第一五話・完

 

 


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