第一三話 真夜中の約束
時計の針が、静かに夜を進めていく。
「さて、どうやって帰るか、ですが」
僕がそう切り出すと、
「多分十二時くらいなら……」
僕の隣に体育座りをして漫画を読んでいる光崎アリスが、
食い気味に反応する。
「バレずに抜け出すならその時間がいいんじゃないかな、人の出入りが一番少ないと思う」
どこか他人事のように、彼女は言う。
「なんか脱獄の計画を立ててるみたいで楽しいね」
「僕、結構真面目なんですけど……」
口ではそうは言いながらも、正直なところ本心は少し楽しい。
「じゃあ、このまま一二時まで待機だね。」
「それなら本棚にある漫画頑張って全部読むよ」
張り切るように彼女は言い、すぐに集中モードに入った。
多分漫画を読みたいから夜中に出ようと食い気味な意見を出したのだろう。
僕は近すぎるほど近い彼女を横目に、彼女が読んでいる漫画の一巻前の漫画を本棚から取り、読み始めた。
――三十分ほど経っただろうか。
部屋のデジタル時計は七時五〇分と知らせている。
まだまだ時間はある。
そこで僕はずっと思っていたけど言えなかったことを彼女に尋ねた。
「そういえば……服部さん、結局大丈夫だったんですか?」
以前光崎アリスの迎えに来なかった理由と、もしかしたら今彼女のことを心配しているんじゃないかという疑問が、この質問で晴らされる。
アリスの目が、わずかに揺れた。
「……あの時来られなかったのは心臓の持病が悪化したかららしくて……」
「それで今は病院で療養中」
「そう、だったんですか」
何か聞いてはいけないことを聞いてしまった気がした。
「うん。だから今は家には私一人」
「一人暮らしに憧れていたけど、いざしてみると大変だしなんか寂しいね」
以前、図書室で彼女が服部さんとの付き合いは生まれた時からだと言っていたことを思い出した。
彼女にとってずっと一緒だった執事が急にいなくなると言うのはとても辛いことだろう。
「……もし……一人が寂しかったら僕いつでも遊びに行きます……」
漫画を机に置き、指先をぐるぐる動かしながら赤面した僕が彼女へ提案した。
すると彼女は漫画を読む手を止め、僕の方を向き言った。
「……約束だよ」
寂しそうだった目と声と表情は、台風の後のように盛大に晴れていた。
⸻時刻は九時。
あと三時間以上起きておくには耐えられないほどお腹が空いている。
そういえば色々あってご飯を食べていないことを今更思い出した。
「……お腹空きません?」
「空いたね」
即答だった。
僕はすぐに立ち上がる。
「カップラーメンしかないんですけど、大丈夫ですか?」
光崎財閥の方にそんなものを提供することがおこがましく感じて確認する。
「全然大丈夫!私カップラーメンめっちゃ好きだよ」
意外にも彼女は庶民の食事を取られるようだ。
そうして出来上がったカップラーメンを二人で一緒に食べる。
僕がシーフードで、彼女はカレーだ。
彼女の麺の啜り方も上品で僕の部屋なのに僕の場違い感が半端じゃなかったことはここだけの秘密だ。
⸻
十二時。
廊下は、驚くほど静かだった。
二人は息を殺して部屋を出て、影に紛れるように歩く。
光崎アリスは一歩後ろを、慎重に、でも迷いなくついてくる。
誰にも見つからず、学校の外へ出た。
夜風が、やけに冷たく感じた。
そのまま歩いた、光崎邸へ続く道。
高い塀が見えたところで、彼女は足を止めた。
「……ここまででいいよ、ありがとう」
「大丈夫ですか」
「うん」
彼女が門の奥へ入るのを見届けた後、
僕は大きな屋敷を背にして再び先ほどの道に戻る。
ギィーー、扉の開く音が聞こえた。
僕は振り返る、そこにいたのはやはり銀髪美少女。
「約束、絶対だよ!!」
一瞬の戸惑いの後、約束の内容を思い出して僕は頷く。
「了解です!!」
彼女に聞こえるように大きな声で。
近所迷惑なんて考えられなかった。
今の僕の顔を見たらその理由なんてすぐにわかってしまうだろう。
第一三話・完
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