第十一話 そんなこと
僕の部屋。
六畳一間。
男子寮の、どこにでもある部屋。
だがどの部屋にも起こらないような出来事が、
ここで起きていた。
僕の部屋の玄関に、光崎アリスが立っている。
「……座って」
短い言葉。
逆らえる雰囲気じゃなかった。
僕はベッドの横に正座をする形で腰を下ろした。
光崎アリスは僕が座ったのを見届けた後、
靴を脱ぎ、僕の一メートルほど先に座る。
「なんで寮に来ちゃったんですか……」
「バレたら大変ですよ。」
少しの沈黙の後、彼女は口を開く。
「話しかけたらまた逃げると思ったから、」
責める口調じゃない。
怒鳴ってもいない。
「だから、ここなら逃げ場がないと思ったの」
「それで……なんで、図書室に来なくなったの」
核心。
「……普通に忙しかっただけです」
自分でも分かる。
下手すぎる嘘だ。
「確かに三日くらいならわかるよ、でも……」
彼女は続ける。
「目、合わせないし」
「放課後は避けるし」
彼女は距離を詰める。
「私、何かした?」
声が、ほんの少しだけ揺れていた。
彼女の顔を見ないように俯いて答える。
「……してません」
僕は否定する。
この否定が最も彼女を傷つける答えだと分かっていながら。
「じゃあ、なんで」
アリスは、唇を噛む。
「……私が、邪魔だった?」
胸の奥が、ぎゅっと縮む。
「そんな訳ない!」
思わず声が出た。
アリスが目を見開く。
「違うなら、言って」
「理由」
言えなかった。
橘グループの女子の陰口。
――ノリが悪い。
――盛り上がらない。
それは自己満の極みであった。
それを、本人に知らせるわけにはいかない。
「……光崎さん」
声が、情けなくなる。
「ただ僕は、あなたの立場を壊したくなかっただけです」
それは完全なる本音だった。
彼女は、じっと僕を見つめていた。
少しして、ふっと息を吐く。
「……それ、優しさのつもり?」
「……はい」
「最悪」
心臓が跳ねる。
「一人で勝手に決めて」
「私の気持ち、聞かないで距離とって」
でも、怒鳴らない。
声が、震えている。
「……私さ」
アリスは少し俯いて言う。
「なんとなくわかるんだ……」
「多分小山くんは、私の友達が最近の私について何か言ってること聞いちゃったんでしょ?」
僕は図星を晒すように顔を上げる。
「い……いえ…違います……」
「嘘つき……」
その一言で、
胸の奥が、完全に折れた。
少しの沈黙の後、耐えられなくなり僕は言ってしまう。
「……ごめんなさい」
やっと、言えた。
僕の本心が自我を出した。
「その通りです。」
僕はもう一度下を向く。
「やっぱりそうだったんだ。」
彼女の声は驚くほど弱々しく聞こえる。
そう思った瞬間、
彼女の顔には盛大な笑顔が出来ていた。
そして、
「本当によかったー!」
「…………え?」
僕は呆気に取られる、先ほどまでの彼女が嘘のように思うほど言葉に抑揚がついている。
「私、ずっと君に嫌われたかと思ってたよ!!」
「なんだ、そんなことだったんだ。心配して損した〜」
彼女は安心し切った顔つきで僕へ微笑む。
――そんなこと
その言葉が僕の五日間を否定するようで、
でも僕のこれからを肯定していたような気がした。
第十一話・完
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