【第4楽章】32:Sonance / Resonance in the Library
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
武雄の夜。
空を横一文字に引き裂こうとしていた「赤い取消線」は、八機のアポリアによる懸命の共鳴によって、辛うじてその色を失い、薄い雲のような霧となって消えた。
だが、その霧が晴れた後、武雄温泉駅の一部が「白紙」のまま戻っていないという現実は、パイロットたちの心に重い影を落としていた。
「……計算上、この世界の解像度は維持されています。……けれど、何かが足りない。……いえ、『何かが隠されている』という表現が正しいわね」
地下センターのブリーフィングルーム。カノンが眼鏡のブリッジを押し上げ、コンソールに一つの「空洞」を表示させた。
それは、アポリア・シリーズの製造記録の最深部。
01、02と続き、04へと飛ぶ、不自然な空白。
「……03。……エレジア。……テツトさん、この機体はどこにあるの?」
アリアの問いに、作戦盤を睨みつけていたテツトの肩が、微かに跳ねた。
彼はコーヒーカップを置き、ゆっくりと振り返った。その隈の浮いた瞳には、いつもの皮肉めいた光ではなく、遠い、けれど確かな「輝き」を懐かしむような色が宿っていた。
「……03号機か。……アリア、あれは消されたんじゃない。……この世界が、あまりに美しく完成されようとしたために、記述者に『これ以上は書けない』と筆を置かせてしまった、最高の失敗作だ」
テツトの言葉は、これまでの「バグ」や「浸食」といった殺伐としたものとは一線を画していた。
彼によれば、エレジアはかつて、武雄の全ての風景を、人々の全ての笑顔を、一つの完璧な旋律として記述することに成功したのだという。だがそのあまりの完璧さが、物語を「完結」へと導いてしまいそうになった。
だからこそ、テツトはあえて03号機をバラバラに解体し、武雄の街の「歴史」や「日常」の中に、秘密のパズルとして隠したのだ。
「世界を終わらせないために、完璧な楽譜を隠した……っていうことですか?」
「ああ。……今、記述者が飽き始めているのは、その『完璧な楽譜』が見つからず、物語が迷走しているからだ。……アリア。君たち八人の力で、街に隠された『エレジアの断片』を集めてほしい」
テツトの指示は、これまでの迎撃任務とは全く異なるものだった。
「……いいわ。……論理的に解けないパズルなんて、この世には存在しないもの。……武雄の歴史、すべて洗わせてもらうわよ」
カノンが不敵に微笑む。
「おーほっほっほ! 宝探しですわね! わたくしの審美眼に叶う美しい断片を見つけ出して差し上げますわ!」
ワカが扇を広げ、高らかに宣言する。
リツやコトネ、サヤカやヒビキたちも、それぞれの「音」を武器に、街に隠された謎を解くための準備を開始した。
――同じ頃、緒妻邸。
ユウは、縁側に座って夜空を見上げ、小さな鼻歌を歌っていた。
それは、アリアたちがまだ聴いたことのない、けれどどこか懐かしい、切なくも美しいメロディ。
「……ねえ、テツちゃん。……アリアちゃんたちは、気づくかしら。……03号機が隠されている場所は、誰の心の中にもある『一番大切な記憶』の隣だってこと」
ユウは、そっと自身の胸に手を当てた。
「アキ。……シュカ。……あなたたちが鹿島で笑っている今の時間が、いつか武雄と繋がるための、最後のピースなのよ」
ユウの瞳の奥、黄金の文様が優しく脈動する。
彼女は、この世界を反故にしようとした者たちさえも驚くような、最高の「ハッピーエンド」を描き出すための準備を、誰よりも静かに進めていた。
物語の余命、残り八パーセント。
しかし、武雄の街に潜む「失われた楽譜」の探索が始まったことで、世界のキャンバスには、新しい、色鮮やかな伏線が書き込まれようとしていた。
「よし。……まずは武雄市図書館の古文書室だ。……アリア、カノン、カナタ。……君たちの『日常』の中に、物語を救う鍵は必ずある」
テツトの力強い声に応え、アリアたちは夜の街へと駆け出していった。
残酷な結末を拒み、最高に面白い「続き」を自分たちの手で創るための、謎解きの旅。
その第一歩が、今、確かなリズムを刻み始めた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




