30:Sonance / Requiem Rhythm
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
武雄神社の静謐は、今や「世界の断末魔」に塗り潰されていた。
樹齢三千年を誇る大楠の周囲。本来なら神聖な静寂が支配するはずのその場所で、現実のテクスチャは無惨に剥がれ落ち、TVの砂嵐のような「未定義のノイズ」が空を覆い尽くしている。
『Remaining storyline: 9%』。
視界の端で明滅するカウントダウンは、記述者による無慈悲な切り捨てが最終段階に入ったことを示していた。
「……っ、体が重い……。……歴史が、消えていく……」
アサヒナ・アリアは、白銀の04号機『ウーヴェルチュール』のコックピットで、自身の神経が「空白」に呑み込まれていく感覚に戦慄していた。今回のエコーは、敵というよりは「消失」そのものだ。楼門を、駅を、そしてこの三千年の歴史を持つ巨楠を、記述者は「飽きた」という理由だけで、物語から抹消しようとしている。
「アリア、しっかりしなさい! ……カナタ、盾を固定して! ……私の計算が、虚数に追いつかない……!」
タチバナ・カノンの01号機『エチュード』が、膝を突いたままアブソリュート・バイナリのチャージを試みる。だが、狙撃するべき敵の「芯」さえも、虚無の霧の中に溶けて定義を失っていた。
「……『不抜の加護』! ……くっ、聖域が、食べられていく……! 俺の信頼が、記述の根底から引き剥がされる……!」
タケル・カナタの02号機が盾を突き立てるが、実家の古社から受け継いだ「清め」の波動さえも、圧倒的な無関心の前では無力に等しい。
そこへ、紅い稲妻が空を裂いた。
「ハッ、そんなお行儀の良い理が通じる相手じゃねえって言ってんだろ! ……ワカキ・リツ、入るぜ!」
アポリア07号機『キャロル』。スタッズ付きのレザー装甲を思わせる漆黒と紅の機体が、重力を嘲笑う高速機動で虚無の深淵へと突撃する。リツはエレキギター型のチェーンソー剣を掻き鳴らし、物理的なノイズを撒き散らすことで、強引に「空白」を塗り潰していく。
「……リツ。あなたの音は、この世界の欠落を埋めるにはあまりに野蛮すぎる。……夜想曲に、あなたの雑音は必要ありません」
紫紺の着物のような装甲を纏った06号機『ノクターン』が、音もなく舞い降りた。ミマサカ・コトネの指先から放たれる銀の鉤爪が、虚無の振動を逆位相で打ち消し、一瞬の「静寂」を作り出す。
だが、虚無は止まらない。
巨楠の根元から、人々の記憶を吸い上げる巨大な「穴」が広がり始めた、その時。
『――Yo。……退屈な記述、塗り替えるフレーズ。……この街の魂、まだ終わらせねえ。……サヤカ、入るよ』
重低音の振動が、武雄の地を揺らした。
空から降り注いだのは、黄色と黒の警告色を纏った、ストリート感溢れる軽装甲の機体。
アポリア08号機『ラプソディ』。
パイロット、タケウチ・サヤカ。彼女の背部スピーカーから放たれたラップの韻律が、消失しかけていた空間の記述に、新しい血肉のような活力を注入していく。
「……これが、08号機。……韻律で、世界を繋ぎ止めてる……?」
アリアが驚愕する中、さらに空気が凍りつくような荘厳な「響き」が戦場を支配した。
『……そして、私も。……この世界の痛みに、終止符を。……レクイエム、起動』
漆黒の巫女装束を模した巨神が、夜の帳を切り裂いて降臨した。
アポリア09号機『レクイエム』。
肩部からパイプオルガンのような排熱パイプを突き出し、超大型のギター型兵装『デス・コーラス』を構えるその姿は、まるで滅びゆく世界に祈りを捧げる死神のようでもあった。
パイロット、トミオカ・ヒビキ。
彼女が弦を弾くと、戦場全体に魂を揺さぶるような重厚なロックが鳴り響いた。
「おーほっほっほ! ようやく役者が揃いましたわね! さあ、新入りさんたち、わたくしの高潔な舞台に相応しい演奏を期待していますわよ!」
ナナミ・ワカの05号機が、紅金の扇を全開にし、浄化の粒子を旋風のように巻き上げる。
八機のアポリア。
再起、論理、信頼、高潔、静寂、祝歌、韻律、そして鎮魂。
それぞれの旋律が、武雄神社の夜空で一つに重なり合った。
「……テツトさん! 八機のシンクロ率、限界値を突破! ……これなら、虚無の芯を叩ける!」
地下センターの作戦室。テツトは、脂汗を拭う暇もなく、コンソールのスライダーを全開に叩き込んだ。
「……いいか、全員! 記述者が投げ出したこの余白を、君たちの熱量で埋め尽くせ! ……アリア、リライト・ブレードを八機の共鳴波に同期させろ!」
「……うん! 行くよ、みんな! ……物語よ、ここで終わらせてたまるか!」
白銀の翼が、十二枚の光子翼へと一時的に増幅された。アリアの脳裏には、鹿島で待つ子供たちの姿が、鮮明な記述となって駆け巡る。
「……みんなが、またこの街で笑えるようになるまで。……私たちは、書き続ける!」
八つの旋律が、巨大な光の渦となって虚無の穴へと突き刺さった。
アリアの銀の刃が、無関心の闇を真っ二つに切り裂く。
――ガシャン!
世界が繋ぎ直されるような音が、武雄の山々に反響した。
白黒に反転していた空間に、色彩が爆発的に戻ってくる。
三千年の巨楠が、月光を浴びて再び深い緑の輝きを取り戻し、ノイズは光り輝く文字の蝶となって解けていった。
「……ハッ。……まあ、及第点だな。……おいサヤカ、ヒビキ。あんたらの音、悪くねえぜ」
リツが不敵な笑みを浮かべて、キャロルのスラスターを絞った。
「……騒がしい。……けれど、この響きなら、暫くは記述が保つかもしれませんね」
コトネもまた、静かに鉤爪を収めた。
戦いは、ひとまずの勝利で幕を閉じた。
だが、地下センターのテツトの目の前、メインコンソールの数値は、より深い絶望を指し示していた。
『Remaining storyline: 8%』
「……一回のエコーを消去するたびに、物語の余命そのものが削られていく。……記述者の関心が、もう底を突こうとしているのか」
テツトは、震える手でデスクの上の愛妻ユウの写真を握りしめた。
一方、緒妻邸の縁側。
ユウは、夜空へ消えていく八色の光を見つめて、そっと溜息をついた。
彼女の瞳の奥、黄金の文様が微かに明滅している。
「……テツトさん。……あなたは、アリアちゃんに過酷な未来を背負わせようとしているけれど。……それより先にできることは、まだあるはずよね」彼女は、自身が「宇宙の真理」として秘めている全ての記述権限を、今すぐにでも解放する用意があった。
ユウの微笑みは、夜の帳の中で、不自然なほど完璧で、そしてどこまでも深い悲しみを湛えていた。
次なる変奏は、より直接的な「記述者の介入」と、アリアの翼が折れるほどの試練を連れてやってくる。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




