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黎明創紀 APORIA-CODE  作者: 久遠 魂録


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28:Sonance / Shadows Dancing in the Margin

この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。

武雄図書館の戦いから一夜明けた地下センターは、重苦しい「沈黙」と、それを切り裂こうとする「苛立ち」に満ちていた。


 作戦室に隣接するラウンジでは、アポリア07号機のパイロット、ワカキ・リツが、金属製のベンチに乱暴に腰掛け、剥がれかけたネイルを苛立たしげに弄んでいた。彼女の漆黒のレザーを思わせる質感のジャケットからは、いまだ戦場の熱気が微かな「焦燥」となって漂っている。


「……ハッ。何が『四重奏』だよ。あんなお行儀の良いごっこ遊び、記述者ライターが見たら三行で読み飛ばすぜ」

 リツの吐き捨てるような言葉が、ラウンジの冷たい空気を震わせる。


 その対面で、ミマサカ・コトネは、紫紺の私服姿で静かに目を閉じていた。彼女の周囲だけは、まるで時間の記述が遅延しているかのように、絶対的な「静」が保たれている。

「……リツ。あなたの音は、この世界の欠落を埋めるにはあまりに野蛮すぎる。……夜想曲ノクターンに、あなたの雑音は必要ありません。……テツト様も、どうしてあなたのような不純物を戦列に加えたのか」


「ジジイのことは知らねえよ! ……私はただ、この『退屈』な空気に風穴を開けに来ただけだ。……なあ、アリア。あんたはどう思うんだよ。このまま、ジジイの書いた譜面コードの上で、一生お利口に踊ってるつもりか?」

 不意に話を振られ、アサヒナ・アリアは自身の膝の上で握りしめていた手を震わせた。


 彼女の脳裏には、いまだ昨日の戦いで感じた、世界の「存在の希薄さ」が残像となってこびりついている。色彩が奪われ、重力が消失し、自分という記述さえもが消え去ろうとしていた、あの恐怖。


「……私は、踊ってるつもりなんてないよ。……ただ、守りたいだけなんだ。……この街が、誰かの勝手な都合で『終わらされる』のが、嫌なだけなの」

 アリアの声は小さかったが、そこには揺るぎない「再起リライト」の意志が宿っていた。

 

「……あら、よく言いましたわ、アリア! さあ、リツ。わたくしたちの品性を雑音呼ばわりするなら、相応の報いを受けていただきますわよ! この武雄温泉街の銘菓を全種類制覇するまで、解放して差し上げませんわ!」

 ナナミ・ワカが、いつものように豪奢な扇子を広げて割り込んだ。彼女の漆黒の髪が、空調の風を受けて優雅になびく。隣ではタチバナ・カノンが眼鏡のブリッジを押し上げ、タケル・カナタが穏やかな苦笑いを浮かべていた。


 新星二人の加入は、これまでの安定した四人の関係性に、激しい「不協和音」をもたらしていた。


 けれどその不協和音こそが、今の死にかけた武雄の空に、新しい鼓動を刻んでいるのもまた事実だった。


 ――同じ時刻、琥珀色の夕闇に包まれた緒妻邸。


 ユウは、キッチンの広々としたテーブルに、手際よく段ボール箱の中には、子どもたちの生活用品を詰めていた。


「……よし。これで、アキたちの分は準備完了ね。イツキには新しい自由帳。マサルには、少し早いけれど冬用の厚手のソックスも……。アキ、ちゃんと二人の面倒を見てくれているかしら」

 ユウは、宛名ラベルを貼りながら、遠く鹿島の方角へと想いを馳せた。


 武雄と鹿島。かつては日常の一部だったその距離が、今は世界の余命の断絶によって、光さえ届かない深淵のように隔たれている。


 長女のユウにとって、次妹のネガイ、そして三妹のシュカは、誰よりも信頼できる家族だ。

 今、鹿島の家では、その二人の妹たちが、ユウの三人の子供たちの「親代わり」として奔走してくれている。

 中学三年生のアキ。小学五年生のイツキ。そして小学三年のマサル。

 

「……シュカ、今頃アキと、受験勉強の合間に何を話しているかしら。あの子たち、戸籍上は叔母さんと姪っ子だけど、親友になってしまったものね」

 ユウの呟きは、玄関が開く重い音にかき消された。


「……ただいま。ああ、腰が痛い……。オユウさん、悪いな、今日も遅くなって」

 白衣を翻し、テツトがリビングに現れた。彼の隈の浮いた瞳には、地下センターでの過酷な指揮による疲労が色濃く刻まれている。


「お帰りなさい、テツトさん。……今日も、新しいアポリアの調整? あまり根を詰めないでね。アキたちも心配していたわよ。……ねえ、さっきネガイから連絡があったわ。マサル、シュカに釣りの仕掛けを教わって、大はしゃぎなんですって。将来はシュカちゃんみたいな『カッコいい釣り師』になるって言い出したそうよ」


「……相変わらずだな」

 テツトはユウから受け取った温かい茶を啜り、ようやく椅子に腰を下ろした。

 テツトが武雄でアポリアというコードを用いて戦っているのは、その「綻び」を埋め戻し、再び家族が一つ屋根の下で笑い合える「続きの物語」を取り戻すためだった。


「アキも……シュカも、もう中学三年か。……あいつらが大人になる頃には、こんな空は見せたくないものだな。……けれど、オユウさん。……『記述者』の飽きは、僕たちの想像以上に加速している」

 テツトは震える手で、デスクの上の家族写真に触れた。

 

「……リツとコトネだけじゃない。……サヤカとヒビキを、戦線に投入せざるを得ない状況だ。……アポリア、08、09。……叙情と、鎮魂。……その旋律まで必要になるほど、この街の『意味』が剥ぎ取られようとしている」

 テツトの言葉に、ユウは静かに歩み寄り、その広い背中にそっと手を添えた。


 彼女の瞳は、通常の人間には決して見えない、空を覆う「記述者の指」を捉えていた。


 物語を終わらせようとする、巨大な、無関心の影。


「……テツトさん。……あなたは、とても優しい人ね。……でも、大丈夫よ。……アリアちゃんたちの歌は、あなたが思うよりずっと強く、この世界に響いているわ」

 ユウの微笑みは、夜の闇に吸い込まれるように、不自然なほど完璧で、そしてどこまでも深い慈愛を湛えていた。

 

 その時、テツトのスマートフォンが、けたたましく警報を鳴らした。

 赤い点滅。それは、第3サイクルの中盤、最大級の「空白の浸食」の幕開け。

「……始まったか。……場所は、武雄神社周辺! ……全機、緊急抜錨アンカー・リリース!」

 テツトは一瞬だけユウを抱きしめると、嵐の中へと飛び込んでいった。

この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。

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