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黎明創紀 APORIA-CODE  作者: 久遠 魂録


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26:Sonance / Nocturne of Silence

この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。

武雄の夜を切り裂くのは、暴力的なまでに純粋な「不快音」だった。


 図書館の芝生広場。形を持たない虚無のエコーに対し、リツ――ワカキ・リツの操るアポリア07号機『キャロル』が、重力を嘲笑うような超高速機動で肉薄していた。彼女が振るうエレキギター型のチェーンソー剣が、空間に「無」として居座る音叉型のエコーの皮膚を強引に削り取り、そこへ紅い火花とパンクロックの律動リズムを叩き込んでいく。


「ハッ! 黙り込んでんじゃねえよ! 観客ライターが退屈して寝ちまってんだ。……お前が叫ばねえなら、私がその喉元、無理やり抉り開けてやるぜ!」

 リツの嘲笑が、通信回線を通じてアリアたちの脳内を激しく揺さぶる。


 これまでの四重奏カルテットが守ってきたのは、様式美に基づいた「防衛」だった。だが、リツの戦いは違う。それは、消えゆく物語に対する、苛烈なまでの「反抗レジスタンス」だ。


「リツちゃん、無茶だよ……! そのエコーの振動、君の同調波シンクロ・コードまで崩そうとしてる!」

 白銀の04号機『ウーヴェルチュール』のコックピットで、アリアは自身の神経が削り取られるような痛みに喘ぎながら叫んだ。だが、リツは止まらない。


「無茶なんてのは、書き込まれた定石レールの上しか走れねえ奴の言うセリフだ! ……アリア、お前は黙って見てな。……この世界が『飽和(BOREDOM)』してるってんなら、爆音でブチ壊して書き直すまでだ!」

 キャロルの背部スラスターが紅い炎を噴き上げ、虚無の音叉へとさらに深く突き刺さる。

 だが、音叉から放たれた「透明な衝撃波」が、キャロルの装甲を無慈悲に侵食し始めた。漆黒のレザー状の質感が、端から灰色に、そして無機質なピクセルへと分解されていく。


「……っ、リツ!」


「……騒がしい。……リツ、あなたは相変わらず、世界の『音』というものを解っていないわ」

 その瞬間、通信回線に、鈴を転がすような、冷たくも美しい声が紛れ込んだ。

 

 ――スッ、と。

 

 武雄図書館の屋上、その影の中から「紫紺の影」が音もなく舞い降りた。


 アポリア06号機『ノクターン』。


 花魁の着物を模した多層帯装甲を纏い、その指先には三味線のばちを思わせる鋭利な銀の鉤爪が備えられている。


 パイロット、ミマサカ・コトネ。


 彼女はリツの爆音とは対照的に、周囲の空気を凍りつかせるような絶対的な「静」を纏って、色彩を失った戦場へと降り立った。


「……コトネ。お前まで出てくるなんてな。テツトのジジイも必死かよ」


「……テツト様は、この街の眠りを守りたいだけ。……リツ、あなたの不細工なノイズでは、この虚無は殺せない。……『意味のない音』を重ねれば、それはより深い虚無を生むだけよ」

 コトネの06号機が、空中で優雅に一回転し、虚無の音叉の「振動の節目」を正確に捉えた。


 彼女の瞳――紫の光を湛えたセンサーが、音叉から放たれる目に見えない因果律の揺らぎを、一筋の「糸」として視覚化する。

「……夜想曲ノクターン、第一楽章。……『沈黙の解体』」

 コトの鉤爪が、空気を弾いた。

 パチン、という微かな音が響いた瞬間、リツがどれほど猛攻を加えても揺るがなかった音叉型のエコーに、一筋の「亀裂」が走った。

 それは力による破壊ではない。対象の持つ「存在の韻律」を逆相関の音波で打ち消し、その存在そのものを『なかったこと』にする、静かなる否定。


「……今よ。……アリア、ワカ、カノン。……旋律を重ねなさい。……今、この瞬間の記述だけは、私が『定数』として固定してあげる」

 コトネの声は、絶望の淵にいたアリアたちに、冷たくも確かな希望を与えた。

 

「……うん! 行くよ、みんな! ……ウーヴェルチュール、最大共鳴!」

 アリアの叫びに応じ、カノンが狙撃座標を確定させ、カナタが盾を最大出力で展開し、ワカが扇を全開にして浄化の光を凝縮させる。


 リツの爆音が虚無を暴き、コトネの静寂が虚無を固定し、四重奏カルテットがそれを書き換える。

 

 ――六機の巧機アポリアが、武雄の夜空に初めて「一つの合奏」を描き出した。

 

 その光景を、地下センターのモニター越しに見つめていたテツトは、震える手で自身の顔を覆った。

 

「……合奏か。……かつて、エレジアがいた頃にさえ、成し遂げられなかった景色だ」

 彼の目線の先、メインコンソールの最深部。そこには未だ起動を拒み続けている三つのログがある。


 10、11、12。


 いつか来る「最後の上書き」に対抗するための、禁断の記述群。


 テツトは、自身が設計したそれらを見つめ、無意識に愛妻の名を呼んだ。


「……オユウさん。……僕は、間違っていないだろうか。……アリアに、あの『重荷』を背負わせてまで、世界を繋ぐ価値があるんだろうか」


 その問いに応える者は、地下にはいない。

 

 ――同じ頃、緒妻邸。


 ユウは、窓の外で激しく明滅する六色の光を見つめていた。


 彼女の瞳は、通常の人間には決して見えない、空を覆う「記述者の指」を捉えていた。

 物語を終わらせようとする、巨大な、無関心の影。


「……テツトさん。……あなたは、とても優しい人ね」

 ユウは、そっと自身の胸に手を当てた。

 そこには、かつて「真理」と呼ばれた情報の核が、穏やかに脈動している。

 もし、アリアの翼が折れ、世界が完全に色彩を失った時。


 彼女は、自身が「三姉妹の長女」として、そして「世界の記述を司る者」として成すべきことを、既に覚悟していた。


「……アキ。イツキ。マサル。……もう少しだけ、ネガイおばさんとシュカちゃんと、鹿島で遊んでいてね。……お父さんとお母さんは、もう少しだけ、この街で『続き』を書いてくるから」

 ユウの微笑みは、夜の闇に吸い込まれるように、美しく、そして切なく揺らめいた。

 

 武雄の夜。

 六人のパイロットが織りなす不協和音の合奏は、今、物語の余命を強引に引き延ばし、新たな黎明へと向かって加速していく。


 だが、その余命計は――『Remaining storyline: 11%』。


 終わりの足音は、着実に、彼女たちの背後にまで迫っていた。

この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。

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