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黎明創紀 APORIA-CODE  作者: 久遠 魂録


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23/33

【第3楽章】23:Variation / Signs of Dissonance

この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。

武雄の夜空に、星の輝きを奪う「情報の砂嵐」が吹き荒れていた。


 それは物理的な大気の流動ではない。世界の記述コードが根底から剥離し、日常を構成するデータの断片が、意味を持たないノイズとして空中に霧散している音なき咆哮だ。県立第2SS学園の校舎、その誰もいない屋上に立つアリア――アサヒナ・アリアの耳には、かつてないほど激しいメタ・コードの摩擦音が、脳を直接掻き毟るように響き渡っていた。


「……また、数字が減ってる。……止まらない」

 アリアが、自身の視界の端に投射されたOS『YUI』の警告表示を見つめて呟く。


 『Remaining storyline: 14%』。


 記述者ライターによる一方的な絶縁(UNILATERAL-VOID)は、ついに世界の余命を十五パーセント未満へと切り捨てた。これまでの連戦を経て、自分たちが必死に積み上げてきたはずの「続きの物語」が、底の抜けた器から零れる水のように、虚空へと消えていこうとしている。


「アリア、あんまりその数字を見つめすぎないで。視覚野にノイズが定着すれば、次回の同調シンクロに支障が出るわ」


 冷徹な声が、アリアの思考を現実へと引き戻した。

 カノンが、愛用の端末から顔を上げずに告げる。彼女の指先は、学園のテスト勉強ではなく、地下センターから送られてくる「未定義領域」の座標修正に追われていた。弓道部で培った彼女の研ぎ澄まされた集中力をもってしても、世界の記述の崩落速度は既に予測の範疇を越え、論理的な制御を拒み始めている。


「……わかってる。でも、怖いんだ、カノン。……もし、あの子たちが武雄に帰ってくる前に、この世界が『終わり』って書かれちゃったら……」


「……させませんわ。そのような無作法な幕引き、このナナミ・ワカが許しませんもの」


 ワカが、見事な刺繍が施された扇子をパチンと閉じ、一歩前へ出た。彼女の漆黒の長髪が、境界の揺らぎから漏れ出す情報の風に激しくなびく。その紅金色の瞳には、絶望の陰りなど微塵もなく、むしろ不条理な運命に対する苛烈なまでの「誇り」が宿っていた。


「記述者が飽きたというなら、飽きさせないほどの劇的な旋律を叩きつけて差し上げればよろしいのですわ。……カナタ、あなたもそう思いますでしょう?」


「……ああ。……お嬢の言う通りだ。……俺たちの『信頼』が、最後の一文字になるまで、この場所を空白にはさせない」


 カナタが、実家の古社で代々清められてきた神聖な数珠を手首で鳴らした。彼の周囲数メートルだけは、情報の濁りが抑えられ、かつて神域を守っていた時と同じ静謐な空間が保たれている。


 ――同じ時刻、夜の帳が降りた武雄温泉街の一角、緒妻邸。


 テツトは、暗い書斎で一本の電話を握りしめていた。

 相手は鹿島にいる義理の妹であり、ユウの妹である、ネガイ。

「……ああ、ネガイちゃんか。……ああ、三人とも元気か? ……マサルがまたシュカの真似をして釣竿を振り回してるって? ……あいつめ、学校の宿題はどうした。……アキは? ……そうか、受験勉強の合間にシュカとそんな話を。……すまない、ネガイ。アキ、イツキ、マサルのこと、しばらく頼む。……武雄の方は、今、少し『騒がしい』んだ」

 テツトの低い声には、父親としての不器用な情愛と、エンジニアとしての冷酷な焦燥が、不協和音のように混じり合っていた。


 ユウ、ネガイ、シュカの三姉妹。


 長女であるユウの子供たちを、次女のネガイが鹿島の家で預かり、末妹のシュカが子供たちの親友兼、守護者として寄り添っている。武雄と鹿島。車でわずか三十分という距離にありながら、情報の浸食リスクという断絶が、家族の時間を無残に切り裂いていた。


「テツトさん、お電話終わった?」

 ドアが静かに開き、ユウが盆に乗せた温かい夜食を持って現れた。


 柔らかな栗色の髪を揺らし、聖母のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべる彼女の姿は、このバグとノイズに塗れた世界において唯一、一切の欠損がない「完成された記述」のように見えた。テツトからは「オユウさん」と呼ばれ、狂おしいほどに愛されている彼女だが、その存在そのものが、実は世界の崩壊を繋ぎ止めている最大の特異点であることを、テツトは本能的に察していた。


「……オユウさん。……荷物、明日届くように手配しておいた。……武雄のレモングラスティーと入浴剤。アキたちが喜んでくれるといいんだが」


「ええ、きっと喜ぶわ。あの子たち、お父さんの仕事の誇りを知っているもの。……ねえ、テツトさん。……少し、街の空気が冷たくなってきたわね。……何か、新しい『歌』が必要なのかしら」

 ユウが何気なく口にした言葉に、テツトの背筋に冷たい戦慄が走った。


 彼女の予感は、常に地下センターのスーパーコンピュータによる演算結果を先回りする。


「……ああ。……不協和音を、新しい旋律で上書きする。……変奏バリエーションが必要だ。……既存の四重奏カルテットだけでは、防ぎきれない『沈黙』が来る」


 テツトがコンソールを叩くと、そこには欠番『03』とは異なる、新たな二つの機体ログが浮かび上がった。

 

 APORIA-06:Nocturne/搭乗者:ミマサカ・コト。

 APORIA-07:Carol/搭乗者:ワカキ・リツ。


「……リツとコトを、呼ぶ時が来たか。……荒療治になるが、背に腹は代えられない」

 テツトの苦渋に満ちた決断と共に、地下格納庫の深淵で、二つの紅と紫の灯火が、冷酷な光を放って覚醒を開始した。

この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。

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