表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明創紀 APORIA-CODE  作者: 久遠 魂録


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/33

19:Sonance / Layered Bond Descriptor

この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。

 武雄の空を斜めに切り裂く西日は、県立第2SS学園の校舎を濃い朱色に染め上げていた。


 放課後の静寂が訪れるはずの時間、アサヒナ・アリアは自身の机に突っ伏したまま、耳の奥に響く微かな「砂嵐の音」を聴いていた。それは物理的な音ではない。SAGA SAGA第2層――アポリア領域が、現実の武雄という記述をじりじりと侵食し、情報の境界が摩擦を起こしている音だ。


「……また、深くなっている」

 アリアが呟いた瞬間、視界の端に薄青い警告文字列メタ・コードが明滅した。


 『SATURATED-BOREDOM ―― 飽和する退屈』。


 記述者ライターによる執筆の放棄、あるいは興味の喪失がもたらす世界の「希薄化」。人々は気づかないうちに、昨日まで大切にしていた感情を、あるいは街の一部を、意識の外へと追い出されていく。


「アリア、何をぼんやりしていますの。放課後のティータイムを蔑ろにするなんて、ナナミ・ワカに対する不敬罪に当たりますわよ」

 高飛車な、しかしどこか温かみを帯びた声が教室に響く。


 ワカは、どこから用意したのか見事なレースのテーブルクロスを広げ、武雄温泉街の高級な焼き菓子を並べていた。その漆黒の長髪が、窓から漏れる不自然な情報の風に揺れる。


「ごめん、ワカ……。少し、考え事をしてて」


「フン、どうせテツトさんの言っていた『綻び』のことでしょう? カノンやカナタも、先程から端末と睨めっこばかり。……見ていなさいな、わたくしがこの退屈な空白を、最高に優雅な旋律で塗り潰して差し上げますわ!」

 ワカが扇子を広げ、誇らしげに胸を張る。


その圧倒的な自尊心プライドは、浸食されゆく日常を繋ぎ止めるための、もう一つの強固な「記述」だった。


 ――同じ時刻、武雄の静かな住宅街に佇む緒妻邸。


 ユウは、キッチンのテーブルに三つの大きな段ボール箱を並べていた。


 箱の中には、武雄名産のレモングラス、温泉水を使った石鹸、そして子供たちの好きなお菓子が隙間なく詰められている。宛名は全て、鹿島市の「ネガイ」の家。


「……これでよし。イツキには新しいノート、マサルには運動靴も入れたし。アキは、ちゃんと二人の面倒を見てくれているかしら」

 ユウは、窓の外の空を見上げて、ふと微笑んだ。


 彼女には、三人の妹がいた。次女のネガイ、そして末っ子のシュカ。


 今、鹿島の旧宅では、ユウの三人の子供たちが、妹のネガイの元に身を寄せている。長女のアキは中学3年生。次女のイツキは小学5年生。そして末っ子のマサルは小学3年生。


 武雄での浸食が激しくなった際、テツトは苦渋の決断を下した。


 「子供たちを、情報の汚染が少ない鹿島へ避難させる」。

 幸いなことに、鹿島にはテツトの信頼する「シュカ」と「ネガイ」がいる。


 ユウにとって、シュカは同じ中学3年生の娘を持つ「妹」という、少し奇妙な、しかし誰よりも心の通じ合う家族だった。アキとシュカ――姪と叔母でありながら同級生の二人は、今頃鹿島の川で、夕暮れの魚釣りでも楽しんでいるだろうか。


「おユウさん、まだ起きていたのか」


 重い玄関の扉が開き、疲れ切った足取りでテツトが戻ってきた。


 彼の白衣は電子の汚れで薄黒く汚れ、その瞳には地下センターでの過酷な演算の残滓が焼き付いている。


「お帰りなさい、テツトさん。……今、アキちゃんたちへの荷物をまとめていたのよ」


「ああ……。悪いな、オユウさん。本来なら、俺が週末に車で30分飛ばして届けるべきなんだが。……今の武雄の『綻び』は、俺が現場を離れることを許してくれない」


 テツトは、ユウが淹れた温かい茶を一口啜り、ようやく人心地ついた。


 武雄と鹿島。距離にして僅か30分。かつては日常の範囲内だったその距離が、今や現実の記述が崩落する「断絶の境界」によって、遠い異国のようにさえ感じられる。


「アキからメールが来ていたぞ。……シュカに釣りを教わって、イツキとマサルを連れて河口まで行ったらしい。……ネガイちゃん、シュカちゃんの面倒を見ながら、更に三人の子供たちまで抱え込んで。……苦労をかけてるな」


「ネガイなら大丈夫よ。あの子は昔から、私よりもずっとしっかり者だったもの。……それに、シュカがアキちゃんの良い相談相手になってくれているみたいだし」

 ユウはテツトの背中にそっと手を添えた。その手のひらの温かさが、デジタル信号に削られた彼の精神を、人間としての「記述」へと呼び戻していく。


「……オユウさん。……俺は、必ずこの物語を完結させる。……アキたちが、またこの街で一緒に暮らせる、本当の意味での日常を取り戻すまで」

 テツトの決意は、静かだが鋼のように硬かった。


 だが、その安らぎの時間を切り裂くように、彼のスマートフォンが、この世のものとは思えない不協和音を響かせた。


『WARNING: SATURATED-BOREDOM LEVEL 09. 楼門周辺の現実テクスチャが、五〇パーセント以上剥落しています』


「……っ! 始まったか!」

 テツトの顔が、瞬時に指揮官のそれに変わる。


 彼はユウに短く頷くと、夜の武雄へと駆け出していった。

この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ