16:Conflict / Saturated Void
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
楼門の上空。そこには、形を持たない「虚無」が鎮座していた。
これまでのような幾何学的なエコーではない。それは、背景の空を不自然に歪ませ、周囲の色彩を吸い取っていく、巨大な「空白の染み」だった。
「何よ、あれ……。攻撃目標が定まらないわ。……レーダー上には、何も存在しないことになっている」
カノンの01号機『エチュード』が、アブソリュート・バイナリを構えたまま困惑の声を上げる。
「物理的な実体がないんじゃない。……『そこに存在する意味』が消去されているんだ」
カナタの02号機『インテルメッツォ』が、イージス・レゾネーターを最大出力で展開する。
虚無から放たれる「退屈」の波動が、盾を叩く。それは衝撃ではなく、パイロットの意識を泥のように重くし、戦う意志を奪おうとする精神的な重圧だった。
「……くっ。……身体が、動かない……。……もう、どうでもいいって……思っちゃいそうで……」
アリアの04号機『ウーヴェルチュール』が、高度を落とし始める。
白銀の装甲が、虚無の毒に侵されて鈍い灰色に変色していく。
「甘えを捨てなさい、アリア! あなたは、あの白銀の翼を何のために得たのですの!」
紅金色の光が、アリアの視界を強引に焼き払った。
ワカの05号機『カプリッチョ』が、ノーブル・マスカレードから極彩色のパージ光線を全方位に放射する。
「退屈だなんて言わせませんわ! わたくしがいるこの場所が、世界で最も華やかで、最もドラマティックな舞台なんですもの! ――観客が飽きたなら、わたくしの優雅さで、その目を抉り出して差し上げますわ!」
ワカの圧倒的な自尊心が、凍りついていた空間の記述を強引に再起動させる。
その一瞬の隙を、アリアは見逃さなかった。
「……ありがとう、ワカ。……そうだよね。……終わらせたくないって思う気持ちが、私たちの武器なんだ!」
ウーヴェルチュールのヴォーカル・コアが、限界を超えて明滅する。
アリアはマイク型長槍を高く掲げ、自分の中に眠る「続きを望む歌」を、銀の刃へと変えた。
「奥義……『V.O.I.C.E.・レゾナンス』、フェーズ・リライト!」
銀の閃光が、透明な虚無の芯を捉えた。
「意味を失った空間」に、アリアの意志が新しい「意味」を刻み込んでいく。
――ズゥン!
透明だった怪異が、初めて悲鳴を上げるようにして形を成した。
それは、未完成の原稿が真っ黒な墨で塗りつぶされたような、無惨な姿。
「カノン、今!」
「……了解。……論理的整合、完了。……消えなさい」
カノンの放った青い光軸が、形を得た怪異の核を、今度こそ正確に撃ち抜いた。
虚無が霧散し、楼門に元の朱色が戻ってくる。
四機の巨神は、荒い息をつきながら、再び動き出した街の風景を見守った。
だが、地下センターのテツトは、モニターに表示された不気味な文字列から目を逸らすことができなかった。
『SYSTEM NOTICE: The Writer is losing interest. Remaining storyline: 20%.』
「……残り二〇パーセント。……この物語の余命か」
テツトは震える手で、デスクの上のユウの写真を伏せた。
その頃、緒妻邸では。
ユウが、窓の外で消えていく銀の蝶を見つめて、そっと呟いた。
「……頑張って、アリアちゃん。……テツトさんも。……夜ご飯、少し豪華にして待っているわね」
その微笑みは、不自然なほどに美しく、完成されていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




