【第2楽章】12:Suite / Overlapping Boundaries
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
県立第2SS学園の放課後は、少しずつ、しかし決定的に変質していた。
教室の窓から見える御船山の稜線は、時折テレビの電波障害のように激しく揺らぎ、その向こう側にあるはずのない白銀の巨塔が陽炎のように透けて見える。
「……また、深度が上がってるわね」
カノンが、教科書の端に投影された仮想モニタを指先で弾いた。
彼女の網膜には、常に戦域のデータが流れている。弓道部での修練によって研ぎ澄まされた彼女の視神経は、もはや現実と第2層の境界を瞬時に見分けるようになっていた。
「ええ。……でも、不思議だね。みんな、あの空の異変に気づかないふりをしてる」
アリアが、隣の席でノートを閉じて呟いた。
『UNILATERAL-VOID』の影響は、現実世界の人々の認識さえも書き換え始めている。日常という強固な記述が、不当な空白を「ただの天気」や「目の錯覚」として処理しようとする、奇妙な安定状態。
「ふん、鈍感な者たちは幸せですわね。……けれど、わたくしたちは違いますわ。この世界の品性を守れるのは、選ばれたわたくしたちだけですもの!」
ワカが胸を張り、扇子で空を仰いだ。彼女の黒髪が、境界の揺らぎから漏れ出す「情報の風」に揺れる。
「……ワカ。あんまり目立つなよ。テツトさんに怒られるぞ」
カナタが苦笑しながら、水筒の甘酒を一口飲んだ。
実家の古社で培われた彼の「清め」の感性は、日常に混じり始めたエコーの不浄を最も敏感に感じ取っていた。彼の周囲だけは、情報の濁りが抑えられ、静謐な空間が保たれている。
四人のスマートフォンが同時に、重厚な通知音を鳴らした。
『ECHO-SWARM detected. 市街地東部、住宅密集区に浸食を確認。……四重奏、直ちに出撃せよ』
テツトの冷徹な、しかし信頼を込めた指令。
アリアは三人と視線を合わせ、力強く頷いた。
放課後のティータイムは、今日もお預けだ。
闘争:不抜の旋律(Conflict / Indomitable Melody)
武雄の古い住宅街が、ノイズの海に沈もうとしていた。
一戸建ての屋根がピクセル状に崩落し、路地裏からは『ABUSIVE-LOGOS』を喚き散らす中規模のエコーたちが溢れ出している。
「各機、陣形展開!……カナタ、起点を作れ!」
通信回線を通じてテツトの声が響く。
「了解! ……『不動の結界』!」
カナタの02号機『インテルメッツォ』が、地上へ力強く着地した。
背負っていた巨大な多角形盾を地面へ突き立てると、周囲数百メートルに神聖なまでの青白い防護フィールドが広がる。エコーたちが放つ不協和音の攻撃がフィールドに衝突し、水の波紋のように消えていく。
「下がってていいわよ、カナタ。……そこから先は、私の計算の範疇だわ」
カノンの01号機『エチュード』が、カナタの盾の背後に膝を突き、アブソリュート・バイナリを固定した。
「論理整合完了。……座標、一三〇、二二〇、四五。……零」
盾の隙間から放たれた青い閃光が、住宅街を埋め尽くしていたエコーの群れを一閃した。
一撃で数体の怪異が情報の霧へと帰る。カナタが守り、カノンが穿つ。その完璧な「静」の連携。
「――お待たせいたしましたわ! 雑魚散らしはわたくしの専門分野ですわよ!」
上空から、紅金色の05号機『カプリッチョ』が急降下した。
ワカは扇状のバインダーを全開にし、パラソル兵装から高密度の浄化光を撒き散らす。
「奥義……『ノーブル・レゾナンス』! お掃除の時間ですわ!」
住宅街の屋根をなぞるようにして放たれた広域洗浄攻撃。
カノンの狙撃を逃れた残党たちが、ワカの圧倒的な「誇り」のエネルギーによって次々と浄化されていく。
「……アリア! 仕上げを!」
「うん! 行くよ、ウーヴェルチュール!」
三人が作り出した隙間に、アリアの04号機が銀の翼を広げて飛び込んだ。
リライト・ブレードが、空間に刻まれた『不当な空白』という名の文字を、鮮やかに切り裂く。
「……物語は、ここで止まらない! ……リライト完了!」
アリアの一撃が、崩れかけていた現実のテクスチャを力強く縫い合わせた。
ノイズは晴れ、夕暮れの穏やかな光が街に戻ってくる。
「……シンクロ率、全機平均九二パーセント。……完璧だな」
テツトの満足げな声が流れる。
四機の巨神は、夕焼けに染まる武雄の空に並び立ち、それぞれの旋律を響かせた。
組織的防衛。
それは、不条理に抗うための、彼女たちの新しい「定石」となった。
だが。
戦いの余韻の中で、アリアのセンサーが微かな違和感を捉えた。
消滅したエコーの残骸から、見たこともない『メタ・コード』が浮かび上がっては消える。
『WARNING: SATURATED-BOREDOM level rising...』
「テツトさん、これって……」
「……ああ。……アイツら(記述者)が、この戦いそのものに『飽き』始めている予兆だ」
テツトの声が、再び冷たさを帯びた。
戦いは、より深淵な虚無へと引きずり込まれようとしていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




