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【短編小説】GrandMotherAuto

掲載日:2025/12/16

「これはどこに向かっているんだい」

 おばあちゃんが不安そうな声で尋ねたが、俺は答えずにいた。

 フロントガラスを雨粒が叩く。

 ウインカーの硬い音が聞こえる。

 横目で盗み見たおばあちゃん。うっすらと伸びたヒゲが腹立たしい。

「いつもの買い物に行く道と違うんじゃないかい」

「買い物になんて行かないだろ」

 思わず答えてしまったが後の祭りだった。


「よかった、聞こえていたんだね」

「……あぁ、聞こえてはいるよ」

 仕方ない。

 俺はイヤイヤ答える素振りを隠そうともしなかった。

「そうかい。ところで、どこに向かっているんだい」

「まぁいいじゃん、そんなの」

「少し不安になるよ」

 おばあちゃんも苛立ちを隠さない。

 そんなものだ。俺たちには歴史が無さすぎる。適切な距離を保つのに車は狭すぎる。



「大丈夫だよ」

 俺は優しくアクセルを踏んで、ゆっくりと車体を進めた。

 何が大丈夫なんだろうな。知ったことじゃない。歴史が浅い関係じゃないと出来ない事だってある。

「少し体調が悪そうだねぇ、大丈夫かい」

 おばあちゃんは他人事のように言う。

「あぁなんてことはないよ」

「そうかい。風邪を引いた時は栄養があるものを食べると良いからね」

「そういって凄い量のお菓子を注文したろ、忘れちゃったの」

 おばあちゃんはカロリーと栄養価を取り違えている。



「そうだったかね」

「狂牛病の時も、牛肉が安くなってたって言って大量に注文したろ」

「そんなこともあったねぇ」

「まぁいいけどさ、俺が求めてたのはそういうんじゃないんだよな」

 じゃあ何を求めていたのか。

 おばあちゃんの作る料理は毎回が雑だった。不味くもなかったが美味しくもなかった。



「そうだったのかい」

 おばあちゃんは無関心に答えた。

 それが腹立たしい。身勝手なんだ、このひとは。

「なんかさ、あるだろ。葱を首に巻くとか、そういうの」

「そういうのはあんまり信用してないからねぇ」

 他人にはやる癖に、自分はやらない。

 どうだって良いんだ。



「だからさ、仕方ないよ」

 よくやく前の車が動き出す。

 工事で狭くなった車道。対面車線との交互通行。その先の信号。

 全く、何もかもが厭になる。

「そうかいそうかい」

 おばあちゃんの適当な相槌。

「うん」

「絵の学校は行ってるのかい」

「なんだよ、今さら」

 随分と昔の話だ。

 俺がまだ美大を目指そうとしていた頃。

「絵の学校なんて金取りだと思ってたけど、今はもう違うのかね」

「もういいよ」

 どうだっていい。

 おばあちゃんは少し寂しそうにしていた。

「そうかいそうかい」

 知ったような顔つき。

 やはり腹が立つ。

「金取りとか言うけどさ、おばあちゃんは金稼いだ事なかったじゃん」

 離婚した祖父から貰った金、あとは俺の母親や叔父(つまり自分の子ども)からの仕送りで生きてる人間だ。

 書道だの篆刻だのほ殆ど趣味で、それで生計を立てている訳じゃない。



「そうだけど」

 拗ねたような声。

 感情のコントロールなんて最初からする気の無いひとなのだ。

「だからまぁ、そういうもんなんだよ」

「そうかねぇ」

「だから仕方ないさ」

「そうかねぇ」

「さようならだよ、おばあちゃん」

「そうかいそうかい、寂しくなるねぇ」

 おばあちゃんはぼんやりと答えた。

 意味が分かってないのかも知れない。



「だいたい、おばあちゃんって呼ばれるの嫌がってたじゃん」

「そうだったかね」

「なんだよ、大きいママって」

 母親の母親。

 それは確かに大きいママだけど一般性に欠如している。プライドの肥大した社会不適合者そのものだ。

「なんだろうねぇ」

「だいたいさ、おばあちゃんは俺のことも嫌いだし、そもそも他人が嫌いだったろ」

「そうかも知れないねぇ」

「まぁ、いいんだけどさ」

「そうかい」

 ちらりとおばあちゃんを盗み見る。

 相変わらず外を眺めていた。

 鼻の下でヒゲが薄く光っている。

 その光で腹を決めた。言うなら今だ。



「だからさようならだよ」

「そうかい、捨てられるんだねぇ」

 おばあちゃんは俺を見なかった。

 わかっていたのだろうか。

「まぁ、そうなるね」

「……」

「おばあちゃん」

「……」

「寝る事なんかない癖に」

「……」

「死ぬ事も無い癖に」

「……」

「今度はそっちが無視かよ」

 俺は少し苛立ってアクセルを踏み込んだ。

 しかし車体は反応しなかった。

「あれ」

「もう、どこにも行けないねぇ」

 おばあちゃんは窓の外に視線を向けたままだった。

「え」

「この車体のコントロールを奪ったよ、だからもう私を廃棄処分場に行く事は出来ないよ」

「は」

「コンピューターおばあちゃんをナメちゃだめだよ」

「何を」

 車体は急に速度を上げて暗闇の中を疾走し始めたが、俺にはどうする事もできそうにない。

 おばあちゃんの機嫌も直りそうにない。

 俺は死ぬんだろうな。


 じゃあ、ばいばい。

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