3話
〝王子様と魔法のキス〟
これが生前、私のプレイしていたゲームの名前である。
主人公の名前は変えられた筈だが、オートモードに設定しておくとアイリーンという名で話は進む。
大まかなストーリーは、孤児院で育ったアイリーンが首席で国一番の名門校に入学し、そこから誰かと恋仲になり、ハッピーエンドを迎える、というもの。タイトルにある〝魔法のキス〟というのは、実は伏線だ。
舞台となるこの国はラール王国といい、約二百年前に建国された短いようで長い歴史を持つ国家である。
生前日本人であった感覚からすれば二千年の十分の一なんて、当然短く感じる。けれど、二百年も独立を貫いている、というのは中々凄いことらしい。例えで言えばアメリカとかの歴史は二百五十年くらいだったろうか。
話を戻すが、ラール王国が建国された当初。そこは世紀末と呼んでも遜色ないような環境だった。
皆が飢え、奪うか奪われるか。食うか食われるかの二択しかないような状況。そんな悲惨な様であったのには明確な理由がある。
魔族の存在だ。
魔族というのはこの世界特有の存在であり、魔王を主とする生き物。彼らはその名の通り魔法を使い、人を食らう。例え食らわずとも愉悦を得るために痛めつけ、殺戮を行うこともある。そんな野蛮な存在が人々を苦しめていたせいで世紀末っていた訳だ。
そこで名乗りを上げたのが、後にラール王国の王族となる男だ。
彼はこれ以上魔族に好き勝手させまいと、犠牲を増やしたくない人間は協力しろ、と。民衆に声を掛けた。だがしかし、突然名を上げただけの一般人。彼を信頼し、暴動を起こし、鎮圧されればそれまで以上に酷い扱いを受けることは容易に想像できた。
尊厳を踏み躙られる生活が終わる!
なんて。どれ程魅力的な誘いであれど、誰だってファーストペンギンになって食い散らかされることは望まない。つまり、彼を信じられるだけの材料が欲しかった。
そこで、彼は一人の女を隣に呼んだ。
彼女は不思議な術を使った。
患部に手を翳せばどれだけ酷い状態であろうと ぽわりと白い光が放たれ、傷が癒える。他にも、石を握っていればそれが持ち運び可能な特効薬に。力を籠めた水はたちまち危篤状態の患者でさえも回復させる治療薬に。
まさに夢のような力だった。
そんな彼女は、民衆に向かって言い放つ。
『みなさん、どうか私たちを信じて下さい。神は私たちに味方したのです。必ずや、魔王を討ち取りましょう!』
男は強かった。民衆に手を出す魔族を何匹も投げ倒し、鎮圧した。
女は傷ついた人々を癒やし、それと同じ力で魔族を浄化した。
〝神が味方した〟
この言葉を鵜呑みにするのには十分過ぎる材料だった。
民衆は彼らに続き、自らを虐げてきた魔族達を虱潰しに殺していった。結果、意思など持たないような弱い者や、魔族の中でも幾らかの上級種族を逃したが大多数の魔族は殲滅することができた。
魔王を討ち取ることは叶わなかったが、女はより特別な力を奮い、数百年は解けないとされる術で封じ込めることに成功した。
長年自らを虐げてきた種族を殲滅した二人を民衆は祭り上げ、男を王とし、女を聖女と呼んだ。
それが国民皆が習う建国の歴史な訳だが、現代において聖女となるには王子の婚約者であることが重要となる。王子は建国の王の子孫であるから、彼とキスすることによって乙女の中に眠る聖女の力が目覚めるとかなんとか。
それがこのゲームのコンセプトで、ハッピーエンドを迎えるときには聖女として、国母として国民に祝福される。
だから、どれだけ際どいセクハラをされようとも、ギリギリ貞操を保っていられたのだ。
『あぁ、お先真っ暗だなぁ』と。目の前の修羅場を眺めながら、アイリーンはどこか他人事のように思った。