10話
「─キャラバンさんに黒いマントを持ってきて貰ったら、それを被って行きましょう!」
アンドレスと交流のあるキャラバンさんというのは南西から北西を担当している人らしい。基本、国内の品物を流通させるのは中心の湖から船を使う。だからキャラバンさんは陸路を利用しニッチな品物や物好きのための商品を取り揃えており、住宅街で比較的割高で売り付ける、所謂訪問販売者のような人だ。
そのキャラバンさんは砂漠の多い場所も通るため黒色のマントを羽織っており、ここでは特異な容姿のアンドレスも町に出る際利用するために買い付けたようだ。
「了解!じゃあ、今日は草毟り延期ってことでも平気?」
「はい、一週間なんて直ぐですし雑草だったものを利用できる様になるのなら、これ以上ない程ありがたいです」
優しく笑うアンドレスに対し、持ち合わせた感情はなんていい子なんだろう…、という穏やかなものである。関わる度に重なっていくのは良い印象ばかりだ。
─けれど、幼少期虐待を受けていた子供がここまで完璧で…本当に大丈夫なのだろうか。無理をしているようには見えないが、もしも無意識の内に精神的なストレスを抱えていたら…?それが破裂寸前になってしまったら、どうなるのだろう。私は果たして気付いてあげられるのだろうか。この子供の弱さを私に見せても良いと、思って貰えているのだろうか。
…これから、接触を重ねることで少しでも私に心を開いてくれたら嬉しい。今も開いているようには見えるが、それが完璧な演技だった場合、私は本当のアンドレスを看過してしまうだろうから。
「リンさん?大丈夫ですか?」
「…うん、ごめん、なんの話だったっけ?」
「いえ、大丈夫です!では薪が少なくなっているので一緒に木を伐ってもらっても良いですか?」
アンドレスの手はいかつい斧を逆さまに携えており、その自重によって運ばれてきた道筋が土に引かれている。
「表の方にも森がありますけど、今日は裏庭の方の木を伐ります!斧が一つしかないので、僕と交代でお願いします」
裏庭を少し歩き、森の表面まで来るとズルズルと引き摺った斧をふんっ、と持ち上げ、アンドレスは勢いを付けてその鋭い刃先を幹に打ち付けた。
ボゴォン!ボゴォン!ボゴォォン!!!
数回木琴にもどことなく似た木特有の鈍い音が鳴り響いたと同時、ピチピチピチッ!ビビーっ!!と哀れな鳴き声を上げて一斉に小鳥が飛び立った。普通に頭が追い付かず、ん?と鼻水垂らしていると一つヒビ割れの音がして視線を空から戻している間に木の頭は既に傾き、瞬きする間もなく地面についていた。
………こわっ
文字通り唖然と口を開いているとアンドレスが笑顔で近づいて来る。えっなに、怖い怖い怖い。
「いつもより時間掛かっちゃってすみません、ちょっと切れ味良くないかもですけど、これでお願いします」
はい、と笑顔で手渡された斧は見た目の通り、いや見た目よりもずっと重たく、私の重心を崩す。うおっ、と刃先が地面について持ち手を握り直すと随分使い込んでいるのか木屑を被り、ささくれていた。
色々と言いたいことはあったが〝働かざる者食うべからず〟自分で言い放った言葉が今更首を締める。いや、できるかできないかではない、やるのだ。
斧をなんとか引き摺り、隣の木の前に立つ。
そしてぷるぷると腕を震わせながらなんとか、なんとか地面から浮かせることに成功した。
「あ、リンさん大丈夫ですか?あんまり無理しないで…」
「だ、いじょぶだから、ほんと、無問題だから…」
not無問題である。
だがしかし、ここで良いところを見せずいつ見せるというのだろうか。夕飯では包丁を使えず、草毟りという予定でさえ私の主張のために延期し、交流のあるキャラバンさんに私を紹介しようとしてくれている。
〝働かざる者食うべからず〟と豪語したこの私を、だ!
いつ見せるかって?今でしょ!!
前日の自分の恥ずかしい発言を恨みながら思い切り息を吸った。喉に感じる冷たい空気に気管を塞ぎ、身体中に酸素を行き渡らせ、私は腕に籠められるだけの力を籠め、斧を振り翳してその太い幹に打ちつける。
ぼかんっ、
「あわっ、手首痛めてないですか!?」
「ウン…アリガト……ゴメンネ………」
結果は惨敗でした。
〜先生の次回作に乞うご期待下さい〜
仰向けに倒れる私は腕で顔を覆った。なるほど、これが無力というもの。
『おれは…!!!!弱いっ…!!!!』をここまで痛感したのは久々である。
私が決死の思いで打ち付けた幹は軽く皮に傷がついただけで、殆ど無傷そうだった。寧ろ私の方が手首を捻りかけた次第である。既の所で手を離したからなんとかなったが。
「あっ、ではリンさんはお野菜達に水をあげておいてもらえますか?日が昇る前にあげてもらえると助かります!」
「ウン…リョウカイ…アリガト……」
まず横の力って無理よね。ノコギリでさえ縦で使うのよ?えぇ、勿論私の嫌いな包丁だってね。だって人間なんだから、重力を味方につけなきゃ。縦だと従えば良いだけだけど、横から振り翳す場合重力に力を奪われているのだから、完全に敵に回している。無理だわよ。
りんごの彼も私みたいな普通の筋力の女があんなぶっとい木を切り倒せたのなら、おっかなびっくりだわさ。
口調をお上品にしていないと随分やってらんないのだ。自分の不甲斐なさに。
心優しきアンドレスに左遷してもらった私は井戸で水を組んで畑まで来ていた。
流石公爵家の敷地内と言うべきか裏庭だと言うのにかなりの広さがある。そこに一面見えるミントも圧巻だが、色々と彩度の違う緑が盛り集まっている畑も中々のものである。
アンドレスが日頃使っているのであろう獣道を通り、煉瓦の上に立って足元の野菜を眺める。
パッと見、一カ月程度だろうか。
まだ苗程の大きさのレタスが一列に成っている、が。所々萎れていたり、葉が黄色っぽくなったりしている。
水枯れだろうか、と真っ先に疑ったが朝露に濡れているのからしてもそれが原因ではなさそうだ。それに、水枯れなら全て萎れている筈なのに元気な個体もいる。
元気のない個体の葉の裏に手のひらを差し込んで触れてみるがやはり湿っている。日当たりは悪くないから、日射量不足が原因で徒長している訳でもないだろう。一体何が原因だ?
周りの作物達を見渡しても元気な個体とそうでない個体がいる。
うーん、と首を捻り、脳内フォルダを探って野菜達を睨んでいると、孤児院での経験、前世の動画配信サイトだとかの情報をによって一つの可能性に辿り着く。
「ねぇ、アンドレス」
ボゴォン!
「おーい!あのさ、アンドレスー!」
ボガァン!ボゴォン!!
「あの、すんません、アンドレスさーん!」
ボゴォン!ドカァン!!ドゴォォ!!!
全くもって聞こえていないようだ。




