裏守り
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
家に眠っている道具たち、つぶらやくんの家にはどれくらいあるかな?
本当に必要最低限のものしか置いていない……というのは、引っ越しの直後くらいじゃないと、なかなかないだろう。
あるいは、本当に一時的な滞在であって、生活感をかもす暇がないのか。いずれにせよ、密度や防御力においては劣る空間とみて、間違いないと思う。
――なに? 何に対して防御力が必要なのか? 泥棒相手とか?
たしかに、セキュリティは分かりやすい防御力だな。
実際、どれほど手が込んだ泥棒が現れるか分からないが、別段ねらわれる筋合いがなさそうな過程なら、シンプルな鍵一個でも十分なディフェンスとなろう。
けれど、守りのかなめというのは、しばしば目につきづらいところにあるもの。
敵側はもちろん、味方側にも簡単にいじってもらっては困る。
ゆえに、もし見つけてしまったとき、厄介なことが起こるかもしれないな……。
私の小さいころの話なんだが、聞いてみないか?
私が当時、住んでいた家には「屋根裏」があった。
とはいっても、階段とかでしっかりつながっている場所じゃなく、立ち入りは想定されていなかったと思う。
発見したのは、休みの日に、弟と家の中でかくれんぼをしていたときだった。
あいにくの天気で外には出られない、かつ親もちょうど買い物へ出かけていてね。暇つぶしの手段が極端に限られる私たちにとって、かくれんぼはかっこうの遊びだったのさ。
お互い、勝手知ったる家の中だから、たいていの場所にかくれようとも、いずれは発見される。
そのぶん、ずっと一人が延々と鬼をやらされる心配もなく、私個人としては楽しめていたのだが、このときはやたら手こずることになった。
少なくとも、これまで隠れる候補だった場所に弟はいなかったんだ。
――表立って隠れていないなら、押し入れの中だろう。
そう踏んで、私は家の中にあるふすま、その奥に広がる収納スペースを片っ端からあらためていったんだ。
一回目は、そこにある異状を見落としていた。
ゆえに、弟がいなくなったと思い、家じゅうをもういっぺん見回ったものだ。
来客には出なくていいといわれたから、家の施錠はされている。
どこも開けられていないゆえ、外へ出たという可能性はまずない。外からカギをかけ直すすべはないからだ。もともと、外へ出ること自体がハウスルール違反だ。
弟も、そう約束を破るヤツではないし……と、私はもう一度、家の隅々までを探ってみる。
そうして、見つけたんだ。
2階の親たちの寝室。そこの、布団たちがしまってある押し入れの上段。
畳んで、なおふっくらとゆとりを持つ布団の山。その図体に隠されて、押し入れの天井には穴が空いていたんだ。
穴のふちは、不規則な曲線だらけ。天井を構成していた植物の繊維もでたらめに破れてぶら下がっている。意図的に空けたものとは、ちょっと考え難かった。
穴の大きさを確かめる。ちょうど、当時の私の肩までがすっぽり入ってしまうほど。
――もしや、この奥に弟が……?
ここまで、他の場所は探し回ったんだ。ならば、未知なるこのポイント以外、思い当たりそうなところはない。
いざ、立ち入ってみた、天井裏の空間は思ったよりも低かった。
立つことはかなわず、ちょっとでも膝を立てようものなら、背中が屋根の裏側らしきところへぶつかってしまう。
必然、這いつくばる格好になって、私はそろりそろりと中を進んだ。
子供ならではの、妙な度胸もちだったことに感謝する。
大人になった今の感性だったら、やれほこりだ、汚れだ、虫だと敬遠しているところだったと思う。
この屋根裏らしき空間、入ってきた穴以外からの光源には乏しいが、皆無というほどじゃない。
屋根か壁か、いずれかのわずかなすき間から入ってくる明かりのおかげで、どうにか宙に舞う、小さな粒のごときほこりは目にすることができている。
この天井裏を、いくつかの区画に分けるように立っている、柱のようなつくりの部分も。
その間を縫うようにして、おそらくはこの寝室と隣のトイレとの間くらいを進んでいく私は、不意に水音が立つのを耳にしたんだ。
がぼり、ごぼり、ぶくぶく……。
詰まりかけの噴水のような音が、何度もこだまする。
暗さに慣れてきた目を、いっそう凝らしてみた。
自分の目前、おそらくは1~2メートルほど先で、あおむけになった人影らしきものが寝そべっている。
弟だった。
元より、ぽっちゃり気味な体型だったが、まるで七福神の布袋様のように、ふっくらとしたお腹があらわになっている。
そして、その口元からは、先ほどのようなきれいとはいいがたい音を立て、どんどんと液体を吐き出していたんだ。
身体がときおり、びくんと魚のようにはねて、声をかけてもろくに応答してくれない。
――これ、おふざけとかじゃなくて、本当にやばいことになってないか?
私はぞぞそ、とそれこそ虫のように這って、弟へ接近。
表情ははっきりとは見えないが、変わらず苦しげで、ようやく息をしているというところ。どうすればよいか……。
私はえらく単純だった。
例の膨らんでいる弟のお腹。そのてっぺんに右手を乗せるや、ぎゅううと強く押し込んだんだ。
どっと、弟の口から一気に吐き出された液体たちが、低い天井にぶち当たったのち、幾筋も垂れ落ちて、この場限りの雨となる。
臭いはさほど強くない。が、かすかにプールの塩素じみた香りが漂った気がした。
いったい、どれだけ吐き出したか。
その口から噴き出すものがなくなると、弟はお礼もそこそこに、私の入ってきた穴を目指して逃げだしていく。私も後に続いたよ。
部屋へ戻ってきてから、弟は自分の体験したことを話す。
とはいっても、そう複雑なことじゃなかった。
押し入れに隠れたところ、先ほどの穴を見つけてしまい、興味本位で中へ入ってみた。
最初こそ胸をおどらせながら、あたりを探っていたものの、うっかり張っていく先で何かを突っついた感触がした。
見ると、それはゼリーのような弾力と外見を持つ、小さなペンギンに似た像だったという。それが弟のつっつきを受けて、こてんと倒れてしまったんだ。
するとどうだ。
倒れて天井裏にぶつかったペンギン像は、瞬く間に砕け散るのみならず、構成していたものが弟の口と鼻へ殺到。
お腹も大いに膨らませ、突然の苦しさにあおむけになってしまい、ずっとあの調子だったのだとか。
怖がる弟をよそに、私はもう一度あの天井裏へ戻るも、弟の話すペンギン像は見当たらない。
それどころか、弟が盛大に噴出し、しみ込んだはずの液体たちの痕跡はなくなっていたんだよ。
そして、我が家が突然の火事で焼けたのは、それから三日後のこと。
家族はどうにか無事だったけど、あとで火元をたずねてみると、それはあの天井裏あたりといわれたよ。
弟の話したペンギン像が、あの家の守りだったのかもしれないな。