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第66話 最低な感情

「おいバカ、何やってんだ!!」


 人間のものとは思えない鋭い爪が私に降りかかる寸前、何かが等々力(とどろき)くんの頭に小さな音を立ててぶつかる。


 小さな一撃、しかしそれのお陰で気がそれたようで、等々力くんの動きがピタリと止まる。


 私の目の前にコロコロの転がって来たのは、確か吉原(よしわら)くんが魔導ドローンと呼んでいた代物だ。


 さっき声がした方へ顔を向けると、緊張した面持ちで等々力くんの方を見つめる吉原くんがいた。


 どうやらこれのお陰で私は助かったらしい。


早瀬(はやせ)さん、よく分かんねぇが、源志(げんし)が止まってるうちに早く逃げるぞ!」


 そうだ、よく分からないけど、今のうちに逃げなきゃ。


 さっきからそう思って立ち上がろうとするけど、足に力が入らない。


 あまりの恐怖に腰が抜けてしまっている。


「ごめんね吉原くん、折角助けて貰ったのに、私、腰が抜けちゃって……」


 情けない、なんて情けないんだろう。

 ひたむきな等々力くんに憧れて追いかけて、こんな所まで来たのに、私は全然強くなれなくて。


 等々力くんを置いて逃げることしか出来なかった。

 それどころか、折角助けられたのに腰を抜かして動けずにいるなんて。


「……私は大丈夫だから、吉原くんだけでも逃げて」


 せめて等々力くんを見習って少しでもかっこよく終わろう。

 精一杯の笑顔で、私は大丈夫だって伝えるんだ。


「んな顔のヤツ、置いてけるわけねぇだろ!」


 残念ながら上手く笑顔を作れなかったらしい。

 どうして私はこうなんだろう。


 等々力くん、私はどうすればいいのかな。

 きっと等々力くんなら、持ち前の根性で何とかしてしまうんだろう。

 そんな風に思って、等々力くんの方へ目を向ける。


 そこにあったのは、まるで鬼のように怒りに染まった等々力くんの顔だった。


「っ!?吉原くん逃げて!!」


 咄嗟に大声で叫んだその瞬間、目の前から等々力くんの姿が掻き消える。


 物凄い衝撃音が響き渡り水飛沫が上がる。


 「吉原くんは!?」


 どうしよう、私のせいで、吉原くんが。

 こんな時すら、動けないだなんて。



「たくっ、世話の焼けるクソ弟子だな」


 水飛沫が治まりそこにいたのは今回講師を引き受けてくれていた、天明(てんめい)さんだった。


 水織姫を瞬殺した一撃を涼しい顔で受け止めている。


 そっか、そうだよ。

 良く考えればこれだけの異常事態、こういう時の為に特別講師や引率の教員がいるんだった。


 あまりの事態にそんな当たり前のことすらすっかり頭から抜け落ちていた。


「流石に収拾がつかなそうだからな、出張らせてもらうぞ」


「仕方がありませんね、試験は一時中断としましょう。イレギュラーのボス2体は私が相手をしますので、天明さんは生徒の方をお願いします」


 良かった、これで何とかなるかもしれない。

 油断は出来ないけど、私は私に出来ることをしよう。

 とりあえず、(そら)ちゃんを何とかしないと。


 ポシェットから包帯を取り出して簡単ではあるが手当を終える。

 思ったよりもダメージは無さそうで一安心だ。


 治療を終えて天明さんの方を見ると、激しい戦闘が繰り広げられていた。


 と言っても、あまりにも早すぎて正直目で追えない。

 ただ、水飛沫や激しい衝撃音からその威力が伺える。


 正直人間があそこまで動ける事に驚きを隠せない。


 驚いたと言えば、教員の、確か小森(こもり)先生だったかな。


 殆ど関わりのない教員で名前しか知らなかったけど、私たちが苦戦した2体を相手に1人で善戦している。

 多分、何かしらのスキルを使用しているのだろう。

 霧化した緑織姫を補足し、臨機応変に立ち回り確実に追い詰めている。


 「いい加減にしろ!」


 一際激しい音と共に天明さんの声が響く。

 そちらの方に目をやると、肩で息をしながら至る所に傷がついている天明さんがいた。


 「ガァルル……」


 どうやらまだ決着が着いたわけではないようだ。

 等々力くんの方もかなりダメージを負っているようでどことなく動きが鈍い。


 何となく、次の一撃で決まるような気がする。

 私だって冒険者の端くれだ、それくらいの事は分かる。


 空気が静まり返る。

 緊張感が走る。


 「ガァァアア!!!」

 「天明流 炎陽(えんよう)!!!」


 まるで衝撃波が全てを突き破るかのように等々力くの身体を通り過ぎる。


 しかし、その直前に等々力くんの攻撃が天明さんへと届いていた。


「生意気なクソ弟子が…………ッ」


 天明さんが憎まれ口を叩きながら力なく倒れる。


「ガアアアアアアア!!!」


 等々力くんは一際大きな咆哮を上げると、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。


 倒れた等々力くんからは白と黒の模様もすっかり消えている、どうやら勝負は相打ちで終わったようだ。


 一安心かと思った途端、背中に悪寒が走る。


 振り向くと緑織姫が光の粒子となって消えていく。


 どうやら小森先生がやってくれたようだった。

 しかし、私の心はものすごい不安感に苛まれていた。

 何故なら、残り1人になった橙織姫から、とてつもない怒りの感情が流れ込んでくるからだ。


『……さない……して……姉……』


 怖い。

 感情が流れ込んで来る。

 駄目だ、この人達とは戦っちゃ駄目だったんだ。


『許さない……お姉様を……不敬……あなた達……対話……弟……』




『万死に値する』


 一際大きな負の感情が流れ込んできたかと思うと、橙織姫の周りに水が集まり始める。

 どうやら、まだ私達の窮地は続くようだ。

読んで頂きありがとうございます。


師匠出動で好転しかけた状況!

しかし、そう簡単にピンチは乗り越えられないのです。

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