第5話 最後の挫折
1時間後
多少マシになったお腹を擦りながら中庭に出る。
「冒険者として活躍する人間とお前の1番の違いはなんだと思う?」
師匠は唐突にそんな事を聞いてくる。
違い、そんなのあげれば限が無い気がするが、1番と言われると何だろうか。
「レベル上限でしょうか。……後は経験とか才能とか」
1番と言われると自信がなく、結局何個かあげてしまう。
「レベル上限ってのは半分正解だな。経験はそりゃそうだが、それを埋める為に師匠ってのはいるんだよ。才能に関しても経験を積まないと分かんねぇもんだ」
師匠の言葉に俺は首をかしげる。
レベル上限が半分正解で、経験や才能は違う。
ならステータスとかそういう事だろうか、それはレベル上限と同じな気がするんだが。
そんな俺を見て、師匠は呆れたように首を振る。
「レベル上限自体は誰にでもある。1番の違いはレベルアップしないってことだ。レベルアップする時、人はダンジョンの力を取り込みながら、それまでの経験からより環境に適した体へと作り変える。これが経験値が溜まりレベルアップする原理だ」
師匠の話が事実なら、レベルが上がれば上がるほど、化け物の様に強くなるのも頷ける。
ならば俺はどうすればいいのか、俺はどう強くなればいいんだ。
「まぁ安心しろ。そもそもレベルアップの仕組みってのは、元々人間に備わってる能力なんだよ」
一体師匠は何が言いたいのだろう。
レベルアップが人間に備わった能力ってどういう事だ。
「お前がコツコツ育ててきた筋肉がそれだ。壊れた筋肉が治る時、次は壊れないように体を作り変える。レベルアップはその壊して作り変えるってのを、ダンジョンの力で行ってんだ」
俺は自分の体を見る。
もしかして、時間をかけてしっかり鍛えれば戦えるのか?
「ダンジョンってのは不思議な空間で、ダンジョンの外で取れた素材で作った武器はモンスターに効かない。しかし、ダンジョン外のもので唯一効くものが存在する、それが拳、人間の体だ。だからダンジョン黎明期の頃は幾人もの格闘家がダンジョンへ挑むことになった」
生身の人間がダンジョンを攻略してた実績もあるのか、その人たちも最初はレベル1だった筈。
それなら俺にも可能性はあるんじゃないか?
「つっても、そう簡単な話じゃねぇ。お前はもう18歳、身体が出来上がって来ている。それをどうにかしようってんだから死ぬ程きついぞ。まずは2ヶ月掛けてお前の体を徹底的にぶっ壊す。そうして最低限ダンジョンで戦うための土台を作る。さぁ、地獄の特訓を始めようか」
そうして始まった体づくり。
最初はとにかく限界まで走った、ダンジョン内で体力が尽きれば、待っているのは死だ。
日々行ってきた筋トレのメニューも見直され、筋肉をつけると同時に、これまで鍛えてきた戦闘に使わない無駄な筋肉を落とす作業も同時に行う。
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そうして1週間、体の疲労はピークに達していた。
「おらどうした!さっさと立て!」
言われなくても分かっているが、倒れた体に力を入れようにも、筋肉が痙攣して足が震える、心臓が痛い程跳ね息もまともに吸えない。
「すみません師匠……少しだけ……休憩を」
少しだけ、ほんの少しだけ息を整えたい、そんな弱音が溢れる、途端に身体は重くなり余計に動けなくなる、もう休みたいと本能が訴えかける。
「良いぞ。ただし、休むならあの門の外でだ。それなら好きにしろ」
師匠の言葉に体が固まる。
つまり、休むなら冒険者は諦めろと、実際そうなんだろう、これくらいで音を上げる様ではレベル1で冒険者にはなれない。
分かってる、分かってるんだ。
「きついだろ、今まで感じたことがないほどの疲労感だろ、よく分かる。だからこそ、自分の体にこう言い聞かせろ。俺は冒険者になるってな」
師匠の言葉に心が震える。
ずしりと重い体を心で支える。
震える足を理性で抑える。
「続けてください、師匠!」
折れそうな心を立て直し、大地を踏みしめる。
「良いぞ、死んでも生き返らせてやるから安心して死ぬまで鍛えろ」
師匠との容赦ない組手がその日の練習の総仕上げとして待っている。
これがマジできつい。
いじめにいじめ抜いた筋肉が悲鳴をあげる。
だからと言って、気を抜けば待っているのは死。
気がつけば次の日の朝になっていると言うだけで、実際に死んでいる訳では無いだろうが、なんかそれはそれで恐怖感が半端ないのだ。
とにかく師匠の攻撃を死ぬ気で避けて死ぬ気で受け流す。
不思議な事に組手中は疲労感が吹き飛ぶ。
たった1週間だが、何度も臨死体験をしながら鍛えているからか、師匠の攻撃が見えるようになり、ギリギリで避けられるようになっていた。
そしてだからこそ最近分かるようになったことがある。
師匠が本気で俺を殺しにきている。
体も心もそれを理解し、組手中は疲労を忘れひたすら師匠の攻撃を凌ぐ。
よし、よし、避けれてる、今日こそは。
そんな邪念が入る。
今を忘れ先の事を考えた、その瞬間、身体が宙に浮く。
視界がぶれ、強烈な衝撃と共に腹に穴が空く様な感覚に襲われ、口から血反吐が吹き出す。
「今、気を抜きやがったな?」
揺れる意識の中、師匠の声が頭に響く。
痛い、痛い、痛い、今まで感じたことがないほど痛い。
今まで師匠に殴られる時は全て一撃で意識を刈り取られるものばかりだった。
初めて食らう死を間近に感じる痛み。
俺の体はその恐怖で疲労を思い出す。
肺が潰れているのか、息を吸おうとするだけで焼けるように熱い。
そもそも血がうまくは吐けていないのか、空気が入ってこない。
「少し避けれるようになって油断したな?その油断はお前を殺すと体に覚え込ませておけ。それから、まだお前は生きてるだろ、敵の目の前でもそうやって死を待つつもりじゃねぇよな?」
師匠の気迫が伝わってくる、死に直面してそれでも立ち上がれる人がダンジョンでは生き残れる。
特に俺のような奴はここで立てなければ……。
「ず……ずぶばぜん……ずび……ずびば……ぶぇん」
心が折れる、悔しさに涙が溢れる、俺は弱い。
この痛みも、この恐怖も……俺には。
「今日はここまでだ、部屋に戻って休め」
小さな舌打ちが聞こえた気がした。
目の前に緑色の液体が入った瓶が投げ渡される。
俺は情けなさと申し訳なさと訳の分からない感情がごちゃ混ぜになり、蹲ったまま師匠が稽古場から出ていくのを黙って待つしかできなかった。
その夜……。
俺は門の前で立ち尽くしていた。
師匠に渡されたものは回復薬だったようで、腹に空いた穴も今は綺麗にふさがっている。
しかし、訓練の疲労が消える訳では無い。
ましてや、心の傷が回復薬で癒えるわけも無い。
ただ、この門から出るのも怖い。
今ここから逃げれば、俺は必ず後悔をする。
「もう、充分頑張ったよな。1週間とはいえ死ぬ思いで耐えたんだ、実際死んでたって可笑しくない事は何度もあった、まだ夏休みも終わってない、今なら普通の人生に戻れるんだ、高校を普通に卒業して、普通の大学に行って、普通の会社で働いて、結婚して、子供が出来て、その子と休みの日にテレビなんか一緒に見ながら、子供と一緒に活躍している冒険者を応援するんだ、それで……」
涙が溢れる。
心が叫ぶ。
まだ、諦めたくないと。
まだ、出来ると。
折れたと思っていた心は、まだ憧れ続けていた。
ランキングに名を刻み、脚光を浴びる存在に。
なら、心が折れていないのなら。
まだ俺は。
立ち上がれる。
頑張れる。
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どれくらいたったか、涙は枯れていた。
憧れは確かにあった、この気持ちがある限り、俺はまだ大丈夫だ。
俺は疲労した身体を引き摺りながら、部屋へ戻ることにした。
「ほう、逃げなかったのか」
部屋へ戻る途中、縁側で涼んでいた師匠に声をかけられる。
俺は泣いて腫れているだろう顔を見られたくなくて、足早に通り過ぎようとする。
「一端に照れてんじゃねぇよ、青臭いガキが成長する為に流す涙だ、笑いやしないよ」
師匠の言葉に、俺は余計恥ずかしくなる。
だから少し強がりを言いたくなったのかもしれない。
「これが俺の最初で最後の挫折だ、もう折れない、俺は冒険者になる。それもただの冒険者じゃない、あんたと肩を並べる、最上級冒険者になってやる」
言葉にして、さらに決意が固まる。
俺の憧れた冒険者は、ランキングに名を刻む様な最上級冒険者だ。
「それなら明日からもっと厳しくしねぇとな。冒険者ならともかく、最上級ともなれば、今の訓練じゃ全然足りねぇからよ」
師匠は心底愉快そうに笑っている。
しかし笑い事では無い、今でもキツいのにさらになんて。
俺は自分の言葉を取り消したくなる。
「望むところです」
俺はそう嘯いて、自信を奮い立たせる。
この日から、キツ過ぎる訓練の日の夜は、門の前で黄昏れるのが癖になってしまった。
その度に縁側で座る師匠から、
『最後じゃなかったな』と笑われるのだった。
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