第4話 最悪のはじまり
「おら起きな寝坊助!」
大きな声とともに、体に衝撃が走る。
余りのことに寝ぼけた頭は一発で冴え渡り、冷水を掛けられたのだと理解出来ても、思考は停止してしまう。
「おう、惚けてんなよ?庭の井戸で顔洗ったら茶の間に来い。さっさとしろよ」
そう言うと師匠は、空になった桶と手拭いを置いてさっさと部屋から出ていく。
停止していた頭が徐々に回り始める。
硬い床で寝ていたせいで体の節々が痛い。
クソみたいな目覚めすぎて、知らない天井だなんて言う暇もない。
俺は思考をまとめる為に昨日の事を思い出す。
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「良し、よく言った。まずはここで暮らす上で必要なことを教えてやる、1度で覚えろ。私の事は師匠と呼べ、私が指示したことはその全てを確実に実行しろ、説明は私が必要だと思ったらしてやる」
それから一通りの部屋の説明を受けた。
外観はあれだったが、意外にも中は片付いている。
「ここが稽古場だ。それじゃあ早速、今のお前の実力を見せてもらう」
言うや否や、師匠はこちらに振り返り、それに合わせるように裏拳が飛んでくる。
急な事に驚いて身を仰け反ると、鼻先を師匠の拳が通り過ぎる。
発せられた風切り音から威力が伝わってくる。
もし当たっていたら首から上が無くなっていたかも知れない。
そう思えるほど師匠の攻撃にはキレがあった。
「今のを避けられるなら、上々ってところだな」
避けるも何も脊髄反射で体が動いただけで、避けようと思って避けた訳では無い。
意識的には避けれない、そう確信できる程速い攻撃、次は無い。
そんな事を考えていると、鼻先に違和感を感じる。
触れてみると、チクリと痛みが走り、指に微かな血が付着する。
避けきれた訳では無いらしい、そう理解すると同時に足に力が入らなくなり、その場に座り込んでしまう。
そこに間髪入れず、師匠の蹴りが飛んでくる。
たまたま座り込んだことで、蹴りは頭上を掠め、いく本かの髪の毛が宙に舞い飛ぶ。
もし一瞬でも倒れるのが遅ければ、無防備な所にあの蹴りが直撃していただろう。
「死っ」
もう次は絶対に無い、奇跡的に2度避けれたが、幸運9の俺がこれ以上避けられる訳が無い。
そんな事を考えていると師匠の動きが止まる。
俺が倒れた事で立つのを待つまでいるのだろうか。
この時の俺は馬鹿だった、馬鹿正直に立ち上がろうとしてしまった。
今から考えれば、最初の一撃を食らっておけば、せめて二撃目を食らっておけば。
フラフラと立ち上がり、顔を師匠へと向けると、目の前には師匠の拳。
妙にスローモーションの拳を見ながら、俺は産まれてからこれまでの事を思い出していた。
一説によると死に直面する場面で、人はこれまでの経験を思い出し、それを回避する方法を考えようとするらしい。
あっ、これ走馬灯だ。
顔面に師匠の拳がめり込んでいくのが分かる。
血飛沫が舞い散る、なんか多分見えては行けないものも飛び散ってる。
これ死ぬ。
そんな事を考えながら俺の意識は完全に途絶えた。
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「いや俺死んでんじゃん!」
虚無にツッコミながら立ち上がる。
もちろん帰ってくるのは静寂と外から聞こえる小鳥の囀りぐらい。
辺りを見渡すと石造りの床と壁、その部屋に不釣り合いな開け放たれた障子、師匠が置いて行った桶と手拭い。
そう言えば昨日、俺の部屋だと紹介された石畳の部屋がこんな感じだった。
あの時は聞き間違いだと思っていたが、本気でここで夜を明かしたらしい。
「まぁ、こんなとこで寝たら悪夢を見るよな」
とりあえず納得した俺は、さっさと顔を洗って茶の間に行くことにした。
早く行かなければ悪夢が現実になりそうな気がしたからだ。
茶の間へ近づくにつれ、香ばしい匂いが漂ってくる。
間違いなく肉が焼ける匂い、焼肉屋の前を通ると漂ってくるあの匂いだ。
記憶は曖昧だが、俺は昨日の夕飯を食べ損ねている、それもあってか口の中は唾液で大変なことになっいる。
俺は心を躍らせながら茶の間の障子を開いた。
しかし、そこに広がる光景に俺は顔を引き攣らせる。
「遅いぞ、さっさと食え」
師匠の向かいに座布団が敷かれ、食卓の上には山のような肉が並んでいる。
漫画でしか見た事の無い光景、これがただの食べ放題と言う事なら、どれだけ幸せだろうか。
「朝から沢山食べられるんですね師匠」
用意された座布団に正座しながら、そんな事を言ってみる。
「何言ってる、全部お前の分だ、残すなよ?」
ですよね、ええ、言ってみただけです。
さっきまで空腹だったはずの胃が、見ただけでお腹いっぱいになる量に、食べても無いのに胃がもたれる。
どう考えても物理的に入る量じゃない、がしかし、それを言って聞き入れてくれる師匠では無いだろう。
「いただきます」
俺は手を合わせると黙々と食べ始める。
肉はすごく美味い、大量の肉も飽きが来ないように様々な味付けがされている。
失礼かもしれないが、この師匠がここまで美味しい料理を作れるのは意外でしかない。
だが、量がおかしい。
どれくらい食べたろう、大皿に山盛りになった皿の1枚分位は食べたろうか、肉が胃の入口の臨界点まで来ているのが分かる。
しかし残念ながら、まだ2皿分位残っている。
師匠の方をチラリと見てみる。
「食い切るか、帰るかだ」
ニッコリと微笑みを浮かべながら、悪魔の様な選択を強いてくる。
服従か死かじゃないんだよ、寧ろ俺からしたら両方とも死だよその選択肢は。
この人は無理難題を押し付けて俺を諦めさせることが目的なんじゃないかと本気で思う。
だけど俺にもプライドはある。
食ってやるよこれくらい!
黙々と肉を口に運ぶ。
油断すると吐きそうになるが、それ以上に目の焦点が上手く合わない。
吐き気を我慢して詰め込めば詰め込むほど、目眩がして来る。
最後の1切れを食べ終えたが、少しでも動けば全部出る自信がある。
「ごぢぶっ」
出そうになるのを我慢しながら、何とか師匠にご馳走様でしたと伝える。
「情けねぇな、1時間後に中庭に来い」
そう言って師匠は茶の間から出ていく。
とりあえず今は1時間でも休めるのはありがたい。
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