第32話 最強の弱点
「いらっしゃい」
喫茶店に入ると白い髭を貯えた物静かな雰囲気のマスターがいつも通り渋い声で出迎えてくれる。
「マスター、個室空いてますか?」
俺の声に反応しチラリとこちらに視線を移す。
そうしてつまらなそうに手元のコーヒーカップに視線を戻したかと思うと、何故か驚いた様な顔で二度見される。
「え?何。そういう関係?」
「いやどう言う関係だよ」
マスターの謎の質問に即座にツッコミを入れる。
渋い見た目のわりに中々に俗っぽいのが玉に瑕なんだよな。
「おいおい、まさか坊主が太陽を連れてくるたぁな」
太陽と書いてヘリオス、それが最強の冒険者、漆原 冴の二つ名だ。
ある一定以上の実力があったり、有名な冒険者には自ずと二つ名が付けられることになる。
「そういや坊主も最近二つ名が付いたんだってな、何だったか?」
どうにも暇なようで世間話を広げようとするマスターに俺はため息を着く。
俺の二つ名は厄災。
格好良くはあるが、付けられている理由が理由だけに呼ばれて嬉しいものでは無い。
と言うか、付けられて初めて知ったが、二つ名で呼ばれるのはそれなりに恥ずかしい。
「で、個室は空いてるんですか?」
「何だ、付き合い悪いな。ガールフレンドの前で格好つけたいのは分かるが、年寄りは敬うもんだぜ」
つまらなそうに肩を竦め、奥の方を指差す。
どうやらそっちの方の個室が空いているらしい。
「一応漆原さんの名誉の為にも言っておきますが、付き合ってないですからね」
この人は本当に、基本的にはいい人なんだけどな。
「その割には満更でも無さそうじゃねぇの」
マスターが顎でしゃくる方を見ると、漆原さんの頬が少し紅くなっているようにも見える。
「いえ、これはその、違うんです」
急に話を振られた漆原さんがあたふたしている。
なんというか、完璧超人と言うイメージだけに少しだけ意外ではある。
「マスター、最近じゃハラスメントとか厳しいんで、そういうのは控えた方がいいですよ」
俺はそう言い残して個室の方へ向かう。
「世知辛ぇなぁ」
後ろからマスターのそんなボヤキ声が聞こえてきた。
落ち着いた雰囲気の個室。
話をするのに調度良い程の大きさのゆったりとした音楽が店内に流れている。
注文したコーヒーがテーブルに並べられ、心地よい香りを漂わせている。
「さて、俺は何を話せば良いのか。いや、まぁ、まずは謝罪からか。すいませんでした、まさか人が近くにいるとは思わず、不注意とはいえモンスターを嗾ける様な形になっしまって」
何を話すべきかと悩んだ後、テーブルの向かいに座る漆原さんへ頭を下げる。
あの場でもギルドでも謝ってはいるが、こういうのはしっかりしておくべきだ。
「いえ、私も隠れていましたので、わざとでは無いことは分かっていますから」
とりあえずもう怒っていないようなので一安心といったところか。
しばらく沈黙が続く。
そもそも別に親しいわけでも無い。
謝罪さえ終えてしまえばもう話題もないわけで。
「それだけですか?」
沈黙を破ったのは漆原さんのそんな一言だった。
「それだけ……とは?」
俺の言葉を聞き少しだけ表情が険しくなる。
「もっと他に謝るべきことがあると思うのですが」
もっと他?
はて、何かあっただろうか。
漆原さんとまともに関わったのなんて、今回が初めてだ。
特に何かがあるとは思えないのだが。
「ここまで来てシラを切りますか」
呆れたようにため息を着く。
はて、本当に心当たりがないのだが、もしかすると気づかないうちに失礼なことでもしてしまっただろうか。
「貴方がダンジョンで行っている不正についてです」
???
漆原さんの言っている事が理解出来ずに首を傾げる。
「素直に認めて下されば悪いようにはするつもりはありませんでしたが、まさか貴方にそんな態度を取られるとは思っても見ませんでした」
漆原さんは溜息を着き肩を落とす。
ここまで露骨にがっかりされると流石に俺も動揺してしまう。
「いえ、本当になんの事か分からないんですが」
「貴方と戦っていたモンスターの異常性に、私が気づかないとでも?」
静かに、それでも確実に怒りが伝わってくる。
俺と戦っていたモンスターの異常性。
そう言えばあの時漆原さんの方へ逃げたのモンスターは俺がレベル1に下げていた。
「もしかしなくても、モンスターが弱過ぎたと?」
俺の言葉を聞いて無言でこちらを見続ける。
実質それが返答だろう。
なるほど、さてどうしたものか、出来れば手の内は極力明かしたくない。
師匠にも言われているが、余り大っぴらにしない方が良いスキルでもある。
あれ、とういか。
「何か勘違いをしているようですが、別に俺は不正なんて働いていませんよ」
「貴方は、どこまで私を失望させれば!」
ガタリッと音を立てて椅子から立ち上がる。
そんな漆原さんを制止するようにまぁまぁとジェスチャーを送る。
「冷静になってください、そもそもモンスターを弱体化させたとして、何の不正になるんですか?」
そう、別に自分のステータスやスキルをギルドに報告する義務は無い。
そりゃそのスキルを使って街中で暴れたともなれば、直ぐに警察のお世話になるだろうが。
モンスターを弱体化させるなんてのは、割と有り触れたスキルだ。
まぁ流石にレベルを下げるなんて異常なスキルは聞いた事が無いけど。
「そんな屁理屈……。あれ……モンスターの弱体化」
モンスターの弱体化、反芻するように出てきたその言葉に俺は何度か頷く。
それを見て漆原さんも冷静さを取り戻したのだろう。
それで色々と考えてしまったのか、慌てたように表情がコロコロ変わっていく。
「あの私、その」
とりあえず、誤解は解けそうで良かった。
「冷めちゃいますし、コーヒー飲みましょうか」
「そ、そうですね」
テーブルに置かれたコーヒーを飲むように促す。
椅子に座り直して1口、漆原さんの顔が露骨に引き攣る。
「砂糖ありますよ」
テーブルの端に置かれたシュガーポットを差し出す。
「ありがとうございます」
恥ずかしそうにそれを受け取ると、2、3杯ほど砂糖を掬ってはコーヒーに放り投げる。
最強の冒険者のまさかの弱点を見て、少し頬が緩んでしまう。
「ほ、他の人には言わないでくださいね?」
コーヒーカップから覗く恥ずかしそうな瞳に、一瞬心臓が跳ねるのを感じ、俺は目を逸らした。
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