第18話 最悪は続く
「クソッ」
汚い言葉を吐き捨てながら、猿鬼達を睨みつける。
前方に2体、後方に1体。
いくら警戒していたとしても避けられない戦闘はどうしたって出てくる。
中層以降のモンスターともなれば知恵を使う。
ライトを無くしている俺には暗い通路の奥までは警戒できない。
そこに隠れているモンスターに気づけなければ、挟み撃ちなんてことにもなるわけだ。
ナイフを構え牽制しながら切り抜ける方法を考える。
疲労と空腹から体力は削られている。
あまり悠長にはしていられない。
【スキル:一視同仁】
俺はこのスキルについてもっと検証をしておくべきだったのだろう。
とりあえずこの探索中に分かった事は2つ。
複数体同時への発動が可能な事と。
もう1つは有効射程距離が存在する。
謎の女の子に使った感じから後方の1体はまだ射程距離に入っていない。
逆に言えばそれ程までには距離がある。
暗い通路とは言えある程度の視界は確保出来る。
つまりそれなりの距離を空けて隠れていたのだろう。
ならまずは前方の2体を速攻で倒す。
俺が動くと同時に3体の猿鬼も動き出す。
構わず前方の2体へ突っ込みながらスキルを発動させる。
そのままの勢いでナイフを切り付ける、と見せかけ壁を蹴り三角跳びの容量で猿鬼の後ろへ駆け抜ける。
壁でも走れればもっと格好良いんだがな。
とはいえこれで3体の動きを視認できる。
後は冷静に対処すればいい、2体の猛攻を掻い潜りながら確実にナイフで切りつける。
1体が光の粒子になり消えてゆき、視線の先で3体目がこちらに飛びかかってくるのが見えた。
目の前の猿鬼を蹴り飛ばしそちらへと吹っ飛ばす。
同時にスキルを発動させる。
しかし蹴り飛ばした猿鬼は後ろの猿鬼へ当たる前に光の粒子になって消えてゆく。
鮮血が舞う。
「いっ!てぇなあ!!」
ナイフを逆手に持ち替え、目の前の猿鬼へ思いっきり振り下ろす。
額に深々と刺さり、光の粒子になって消えてゆく。
ぽたぽたと血が滴り落ちる。
顔が熱い、焼けるような痛みと共に、視界の半分が赤く染る。
鋭い爪により顔が裂かれ、左目に血が流れ込んだようだ。
傷を確認しようと触れた瞬間、ズキリと痛みが走る。
ああ、くそ、どれくらいの傷だこれ、血は止まるのか、止血、するものも無い、どうする、どうする、どうする、それよりこの目でどこまで行ける、帰れるのか……。
死ぬ……のか?
手が震える、恐怖から心が冷える。
……こんな所で、死んでたまるか。
落ち着け俺、落ち着け、大丈夫だ、血は止まってきてる。
右目は見えてる、左も、視界は赤いが見える。
距離感は、壁に手を伸ばす。
大丈夫、掴めてる。
一つ一つ確認し、心を落ち着かせていく。
ゆっくり、深く息を吐く。
よし、進もう。
とにかく進むしか生き残る道は無い。
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どれくらい経ったろうか、乾いた血が顔中に張り付いて気持ち悪い、喉も乾いた、腹も減った、眠い、疲れた、せめてセーフルームで少し休みたい。
確実に進行速度は遅くなっている。
どこまで行っても同じ壁のダンジョン、普段なら気にならないが変わらない景色が今は怨めしい。
「っぐっっつ……」
叫びそうになるのを微かに残る理性で抑えつける。
今心を乱して叫んだとしても状況は間違いなく悪い方に転がる。
心の疲労も限界に近い、状況が状況とは言え自分がここまでピンチに弱いとは思いもしなかった。
それでも足を前に進める、本能もまだ生きることを諦めてはいない。
そんな思いが通じたのか明るめの横道が見えてくる。
近づいて覗き込むと、そこはセーフルーム、そして揺らめく火と複数の人影。
その内の一人の男が入口から顔を覗かせる俺に気づき心配そうな顔で近づいてくる。
「大丈夫ですか?」
好意的な印象の優男だ。
火を囲んでいる2人も何事かとこちらの様子を見ている。
「酷い怪我じゃないですか、回復薬は無いのですか?」
優男の後ろの鎧を着た男2人も心配そうにこちらに近づいてくる。
「安心してください、ここはセーフルームですから、さぁこちらへ」
優男はにこやかに笑いかけてくる。
だが本能的に俺は後退る。
優男は上手く隠しているが、危険に敏感になっている本能が後ろの1人から盛れる微かな殺気を感じ取った。
その瞬間、優男の表情が変わり微かに舌打ちをしたのが聞こえる。
俺は全力で走り出す、こいつらはヤバい!
「待ってください、その怪我ではって、もう通じねぇよな。ザックてめぇ、殺気はきっちり隠せっていつも言ってんだろうが!」
後方から優男の怒鳴り声が聞こえてくる。
くそっ、運が悪いにも程がある、せっかくセーフルームを見つけたってのにそこであんな奴らが休憩してるとか、巫山戯んなよマジで!
疲労を押し殺し全力で走る、だが相手はここを探索出来るほどの実力者、直ぐにでも追いつかれる。
やるしか無い、師匠を除けば人に使うのは初めてだが、効いてくれ!
俺は振り返ると優男に向かってスキルを使用する。
途端、男は足を絡めてその場で盛大にコケた。
急にステータスが下がった事でバランスを崩したのだろう。
「おいおいキース、何やってんだよ」
後から追いついてきた鎧の男2人に笑われ、優男はこちらを恨めしそうに睨みつける。
「うるせぇ!てめぇ何しやがった!恥じ掻かせやがってぶっ殺してやる!!サッサっと追えお前ら!」
優男の命令で鎧を着た2人の男がこちらに迫る、だがもちろんそいつらにもスキルを発動する。
「ぐあああ、なんだ?重ぇ!」
ステータスが低下したせいで鎧が重すぎるのだろう、1人は大の字に倒れ込みもう1人はその場で蹲る。
それを確認し俺はまた走り出す、これで鎧の2人は追って来られないだろう。
だが優男は元々軽装、それなりに鍛えていれば直ぐにでも追って来るはずだ。
「待ちやがれ!テメェまじでただじゃ置かねぇからな!!」
ブチ切れた優男が全力疾走で追ってくる。
俺は走りながら後ろを警戒しようと振り向く、その視界の端、暗い通路に一瞬何かが見えた気がする。優男がそこに差し掛かる瞬間それは勢い良く飛び出し、優男の腹に深々と牙を突き立てる。一瞬にして絶命した優男は光の粒子になって消えてゆく。それを見た瞬間、俺の頭に死が過ぎる。人よりも大きく。四足には鋭い爪。大きな牙を剥き出しにしこちらを睨みつける。それは白色の虎だった。
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