第14話 最高の友人
夜の名残が僅かに残り、東の空が白み始めるころ。
冷たい空気を肺に入れながら、昼間の喧騒が嘘のように静寂に包まれる道を掛ける。
桜も殆ど散ってしまい、残された花びらが時折ひらりと舞い落ちる。
天明道場から白鳥神社まで約6キロ。
毎朝走っていたのが日課になり学生宿舎に来てからもランニングを続けている。
師匠からは天明流の修行とダンジョン探索さえしっかりやれば後は好きにしろと言われている。
なのでランニング中も呼吸と血流を意識する。
酸素を使い切るイメージ、イメージ……。
ダメだ、やっぱりよく分かんねぇ。
それにしてもこの時間は静かでいい。
いつもは学生や冒険者達で賑わっている道も、早朝ともなれば趣味でランニングをしている人と偶にすれ違うくらいなものだ。
今のご時世トレーニングってのは軽視されている。
ダンジョンでレベルが上がるだけで別人の様に強くなるのだから、殆どの人はもっと時間を有効に使っている。
もちろん師匠のような例外も存在はするが。
そんな事を考えていると、前から人がやってくるのが見える。
俺と同じ酔狂な人間の1人。
キャップにスポーツサングラス、スポーツウェア、THE・ランニングと言った格好の女性。
俺なんぞ高校の体操服に、謎テンションで買ってしまった東冒大のオリジナルジャージだぞ。
そんな事はどうでもいいか。
因みに、顔はよく見えないから正確では無いが、色白の肌と動きやすいように纏めた黒髪からオーラが伝わってくる。
絶対美人だ。
ランニングコースが交わっているようで毎日のようにすれ違うのだが、俺のランニングのモチベーションになっているのは言うまでもない。
あれだけフォームも綺麗なんだ、後ろ姿もさぞ綺麗なことだろう。
見てみたい。
我ながらキモい、だが甘んじて受け入れよう、美人の前ではそんなもの些細な問題だ。
すれ違って少ししたら立ち止まって振り返るってみると何故か目が合う。
ん?目が合うと言うのは違うなサングラス越しだし。
ってそうじゃない、美人さんもこっち振り向いてるじゃん!
ヤバい、何か俺もしかしてキモさが溢れ出てただろうか。
こういう時はあれだ、とりあえず会釈。
そして……。
逃げるんだよぉおおお!!
goodbye my Angel、明日からランニングコース変えよう。
トレーニングに不純な気持ちは良くない。
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東冒大の卒業に必要な単位は殆どダンジョン探索で取れてしまう。
というのも元々は渋谷ダンジョンという超巨大ダンジョンでの死者数が、他のダンジョンと比べて群を抜いて多かった事がきっかけで、ギルドが管理と同時に知識を与えようと建てたのが始まりだからだ。
つまりそもそも探索できるならここで知識を得る必要は無く、今では資源が豊富で宝の山である渋谷ダンジョンへ、優先的に入る資格を得る為の場所と言う意味合いが大きくなってしまっている。
その為、殆どの講義は人が集まらないのでマンツーマンにも等しい教育が受けられるらしい。
俺からしてみればそんな最高なことは無い。
光亮さんの授業も最高だったが、やはり知識の最前線だけあって情報の質も量も違う。
最高の情報を独り占めだ!
なんて事を考えていた時期が俺にもありました。
「きゃー、漆原様よ!」
「今日も麗しい!」
「ああ、俺もあんな人の隣で一緒に戦いてぇ」
「無理無理、お前じゃ釣り合わねぇよ」
漆原さんが入ってくると、教室がザワ付き出す。
「おはようございます」
手を振りながら皆に笑顔で挨拶をすると、お誂え向けに空いている1番前席へ座る。
ランキング1位の影響力とは恐ろしい物で、漆原さんが受けている講義はいつも満員御礼お祭り騒ぎ、謎のファンクラブなる物によって席も統率されているらしく、俺のようなくそざこ冒険者は端も端、1番後ろの席に追いやられている。
この席を手に入れるのにも一悶着あったが、思い出したくもない。
「おはよう等々力くん、相変わらず凄い事になってるね」
不貞腐れた俺に声をかけ隣の席に座ったのは、この席を手に入れるために協力してくれた早瀬さんだ。
「おはよう。人気アイドルのライブじゃないんだからもう少し静かにして欲しいぜ」
愚痴りながらもノートを広げ、冒険者証を机にセットする。
「教授達もこんな状況は初めてで今対策を立ててる最中らしいからね」
ここまで生徒が集まることなど今まで無かった為、教授たちも想定外だったらしく、一部の本当に授業を受けたい生徒からも苦情が来ているらしい。
「漆原さんの受けてる講義を大講堂でやることも考えてるらしいけど、そんなことされたら質問もままならないだろ、今でも講義中に質問すると物凄い白い目で見られるってのに」
「漆原様の邪魔をするな〜、目立とうとしてんじゃねぇよ〜、って伝わって来るよね」
早瀬さんは愉快そうに笑っているが、こっちとしては真面目に講義を受けてこれなんだからままならない。
「実際かなり苦情も集まってるし、今日にでも何とかなるんじゃないかな」
「そうなってくれることを祈ってるよ」
講義が始まると先程までが嘘のように静まり返る。
これだけはありがたい、漆原さんの邪魔をしないようにとファンクラブの人達が目を光らせているらしい。
1番後ろの席だからよく分かるが、講義中暇そうにしている人達も結構いる。
何なら寝てるやつとか、イヤホンをして関係ない動画を見てる人とかも。
あれのせいでこんな端に追いやられていると思うと、どうにも解せない。
とは言っても時間が解決してくれるのを待つしかないか。
「いい加減にしてください!」
机を叩きながら立ち上がったのは早瀬さんだった。
いや早瀬さんだったってなんだ???
「講義中暇そうにしている人や、訳の分からない動画を見ている人、頬を赤らめて特定の人を見続けているだけの人、一体いつまで大学側は放置し続けるつもりですか!」
止めるまもなく教授の方へ歩いていってしまう。
今日にでもなんとかなるって、何とかするって事ですか早瀬さん!?
「あぁ、いや、それは今我々の方でも話し合っている最中で」
「話し合っている間にも授業は進んでいるんです!迷惑を蒙り続けている人がいるんですよ!貴方の講義を本当に受けたい人が今!まさにです!」
「それはそのだな……」
ぐうの音も出ないとばかりに教授が困り顔を浮かべる。
「そもそもファンクラブの方々が統率していると言っていますが、この状況の何処が統率を取れていると言えるんですか?ここは講義を受ける場所です!ファンクラブの集会がしたいのなら本人にアポをとってきちんとした場所でやりなさい!ファンクラブを名乗るのならそれくらいの常識を守らせなさい!」
その言葉に何人かの人達が目を逸らす。
まぁ、通常大量の人が雪崩込んでも可笑しくない状況を、ここまでやっているのだから凄いことではあるのだが、常識的では無いと言うのもまた事実だ。
「それから漆原さん、この状況を起こしている貴女は何かする気は無いの?1番前の席で特に何の問題もなく授業が受けられれば満足ですか?」
静かな時間、嫌な静寂、早瀬さんは多分、俺の為に怒ってくれている。
それなのにこのまま早瀬さんの優しさに甘えて良い訳がない。
「早瀬さ」「漆原様は悪くないのです!!」
声を上げたのは先程まで漆原さんへ熱い視線を向けていた女性だった。
「ファンが暴走し教室を埋め尽くしているなどと言う事を知って許す漆原様ではありません。意図的に情報を操作し私がその事を隠していたのですから!」
確かあの人はファンクラブの会長だったか、出遅れた俺は気付かれないように座り直す。
「早瀬さん、でしたっけ?」
何となく事情を察したのだろう漆原さんがゆっくりと立ち上がり、早瀬さんの前へと歩みを進める。
そして早瀬さんに深く頭を下げた。
「ごめんなさい、どうやら私のせいで迷惑をかけてしまっていたようね。可笑しいとは思っていたのだけど、貴女にこんな役をさせることになってしまって、それは私がしなければいけなかったのに」
急な事に早瀬さんも慌ててワタワタしている。
「いえ、頭をあげてください、私こそ事情も知らずにあんな失礼な事を」
お互いに頭を下げ合うほのぼの空間が広がる。
何度か言葉を投げかけ合い、笑顔で握手をすると、教室中から拍手が巻き起こる。
「皆さんもすみませんでした。出来ることなら必要な人が講義を受けられるように皆さんも協力してください、お願いします」
うーん、なんてむず痒い光景だろう。
とは言え、これで明日からはまともに授業が受けられそうだ。
本当に早瀬さん様々と言うか、格好よ過ぎだろ全く。
また借りが出来ちまったな。
因みにこの日から講義を受ける学生は殆ど居なくなった。
いや、それはそれでどうなんだ?
読んで頂きありがとうございます。
因みにこの後から早瀬さんの事をお姉様と言って崇めるファンクラブができたとかできないとか。
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