98.最後の勝利者 Sideレティシア
前回の話
イスラはアバン王子との婚約を勝ち取った。
※この話は主人公のイスラではなく、レティシア(レア)の視点での話です。
イスラ・ヴィースラーという女の子と初めて出会ったのは確か3年前の春先のことだった。
最初は他の子たちと同じように、公爵令嬢と親しくなりたいのだと思っていたけれど、彼女は他の子とは違ってレティシア・フローリアという私自身を見てくれるような気がした。
(この子は他の子とは違う……!)
だから私は勇気を振り絞ってイスラちゃんに親友になってほしいと申し出た。
断られたらどうしようとドキドキしたけれど、彼女は私の申し出を受け入れてくれた。
そこからしばらくは夢のように楽しかった。
それまでも仲のいい子はいたけれど、イスラちゃんは私の人生に彩を与えてくれた。
そして運命のあの日、私は公爵令嬢の立場を捨ててイスラちゃんと一緒にいることを選んだ。
その時も今も後悔はない。
お父様やアバン王子のような人たちのために一生を終えるよりも、イスラちゃんを信じて平民になった方が幸せだと確信ができたから。
だけど……
「イスラお嬢様、お茶が入りました」
「ありがとう、レア。そこに置いておいて」
最近のイスラちゃんはいつも忙しそうにしていて私のことを本当の使用人のように思っているのではないかと感じられる。
確かに私は今やただの平民だ。
だけど、イスラちゃんと私は親友なのではないの?
この使用人ごっこはいつまで続くの?
出口の見えないトンネルを歩き続けているような不安が押し寄せて来る。
「イスラお嬢様、少しお休みになられてはどうでしょう?」
「ありがとう。もう少ししたら休憩にするから」
休憩を促して、その間だけでもお話できないかと思ったが、そんな淡い期待も一瞬で消え去った。
イスラちゃんは視線すらこちらに向けてくれず、一心不乱に目の前の書類に目を通している。
一体どんな大切な用事なのだろう。
きっかけはそんな好奇心だった。
(…………アバン王子、…………婚約…………式典?)
イスラちゃんが見ている書類をこっそり覗くとそんな単語がちらほら見えた。
(嘘? ……これって、どういうこと?)
イスラちゃんはその書類に夢中で私の視線には気が付いていない。
私は動揺を隠すようにイスラちゃんの部屋を出た。
どうやらイスラちゃんが忙しいのはアバン王子の婚約が原因らしい。
元婚約者である私がいなくなったから、新しい婚約者を選定したのだろう。
そこまではいい。
その新しい婚約者というのがイスラちゃんなの?
どうして?
分からないことだらけだ。
……いや、違う。
一つだけ全ての話が繋がる可能性がある。
(イスラちゃんは最初からアバン王子の婚約者になるために私に近づいてきた……?)
そう考えると全てのことに納得がいく。
だけど
(違う。違う違う違う違う違う違う嘘だ嘘だ嘘だ違う違う違うそんなわけないイスラちゃんはそんなことしない絶対に違う)
そんな可能性は絶対に信じたくない。
イスラちゃんとの思い出が頭の中に浮かんでは消えた。
『レティシア様、私を信じて下さい』
イスラちゃんの声を思い出す。
その言葉が嘘だったなんて絶対にありえない。
(そうだ。イスラちゃんが私のことを騙すなんてありえない……)
確かにイスラちゃんは本心を隠すのが上手い子だ。
だけど、あの輝かしい思い出たちは、打算だけで作られたものでないのは確かだ。
きっと私の勘違いだ。
その日はそう思って眠りについた。
だけど、現実は残酷だ。
それからしばらく経ったある日、イスラちゃんはとても綺麗な恰好で出かけていった。
「イスラお嬢様、どちらに行かれるのですか?」
「今日は王城に用事があるの。帰りは遅くなるかもしれないから先に休んでいてもいいわよ」
今までで一番着飾った美しい姿で出かける親友の姿は私の心に大きな影を落とした。
あんな華美な恰好で王城に向かうなんて、要件はなんだろう?
そう考えると、この前否定したアバン王子との婚約という可能性が再び頭から離れなくなった。
そんな私の苦悩も気づかないままイスラちゃんは出かけていってしまった。
悩んだ末に私は意を決してイスラちゃんの部屋に忍び込んだ。
彼女は大事な書類を引き出しにしまうことが多い。
その書類を見れば、今日の王城での用事の内容も分かるかもしれない。
(何、これ?)
そんな軽い気持ちで確認した書類にはイスラちゃんと貴族たちとのやり取りが書かれている。
お金、情報、地位、挙句の果てには薬物の販売。
イスラちゃんが王妃になることを支持してもらう代わりに、その貴族に見返りを与える約束をするような汚い裏取引の証拠が引き出しの中いっぱいに詰まっている。
「レアさん、そんなところで何をしているのですか?」
書類を手にしたまま立ち尽くしていると、不意に背後から声をかけられた。
声の主は先輩侍女のメッツさんだ。
いつもは優しい彼女だが、今は無感情な声で淡々と私を責めた。
「主の私物を勝手に触るのは使用人としてあるまじき行為です。レアさんといえど許されません。イスラお嬢様が帰るまで自室で待機していなさい」
メッツさんは私の腕を掴んで無理やり自室に連行しようとした。
細い腕のどこにそんな力があるのか分からないが、私はなすすべなく連れていかれた。
(イスラちゃんは、私を騙していたの?)
その最中も頭の中に浮かぶのはそんなことばかりだった。
だけど、やっぱりそんなことは信じられない。
それならば、一体なぜイスラちゃんはアバン王子の婚約者になったの?
ぐちゃぐちゃになった頭の中にもう一つの可能性が浮かんでくる。
(イスラちゃんはアバン王子や他の貴族に脅されている……?)
もしかしたらイスラちゃんは誰かの陰謀でアバン王子との婚約を強いられていたのかもしれない。
さっきの汚いやり取りも、本当はイスラちゃんの本心ではなく、無理やりそんな取引をさせられていたのだとしたら辻褄が合う。
イスラちゃんは本当は私とずっと一緒にいたいのに、世界がそれを許してくれないのだとしたら。
イスラちゃんは悪くない。この世界が悪いんだ。
もしそうだとしたら、こんなところで大人しくしている時間はない。
イスラちゃんはきっと今、とても心細い思いをしているはずだ。
「放して、メッツさん!!」
「レアさん、暴れないでください。できれば穏便に済ませたいので」
メッツさんからの拘束を抜けようとしても、彼女は私を放してはくれない。
イスラちゃんのたった一人の味方である私を邪魔するなんて、もしかしてメッツさんもイスラちゃんの“敵”なの?
信じられないけど、そうとしか考えられない。
「ファラ!! お願い!! 助けて!!!」
私は大声でファラを呼んだ。
するとどこからともなくファラは私の元にやってきてくれた。
「私のお嬢様に手を出すな!!」
「ファラさん!? 何を!? これはイスラお嬢様への裏切りですよ!?」
「知ったことか。最初から私の忠義はレティシア様だけのものだ!!」
そして激しい攻防の末、ファラは私を拘束するメッツさんを逆に捉えることに成功した。
あまりの手際の良さに感心するが、今はそれどころではない。
「ファラ、そのままメッツさんをこの場に拘束しておいて」
「レティシア様の御心のままに」
私は忠臣に感謝しながらも王城に向かう準備を進めた。
イスラちゃんを無理やりアバン王子の婚約者に仕立てた黒幕が誰かは分からない。
だけど、だからといってイスラちゃんはアバン王子のものになるわけではない。
イスラちゃんは私のものだ。
私だけの親友。
そして私だけが彼女の親友。
私達は唯一無二でかけがえのない存在なのだ。
だから世界に見せつけなければならない。
私とイスラちゃんの絆の強さを。
「行かなきゃ」
準備は整った。
行こう。この世界で最も愛しい女の子の元へ。
次回投稿日:明日予定
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