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92.これから毎日(1)

前回の話

イスラはノインとミレイヌを自分の意のままに操れるよう、関係の維持に努めた。

最終選考があと一週間に迫った頃。

俺は自分の選考の支度は既に終えていたので、自室でのんびりと過ごしていた。

予想ではそろそろ慌ただしくなるはずなのだが、今はまだ静かなものだ。


「イスラお嬢様、モーリス様がいらっしゃいました」

「予定通りね。通してちょうだい」


待つのにも飽きてきたと思っていたら、侍女のメッツが来客を知らせた。


その相手は俺と同じく、アバン王子の婚約者候補として最後まで残った唯一の平民であるモーリスである。

俺は自分の選考の準備と同時に他の候補者を妨害するための策も並行して進めていたので、その件での来訪だろう。


モーリスには悪いが、今回は少しばかり辛い目に遭ってもらうことになる。

心の中で詫びつつも、冷めた気持ちで彼女を待った。


「イスラ様、どうしましょう!? 私、すぐに帰らないといけないんです!!」

「モーリスさん、落ち着いて。一体どうしたの?」


モーリスは俺の部屋に入るなり、悲痛な表情で俺に問いかけてきた。

俺は一部始終を知ってはいたものの、何も知らないふりをしてモーリスを宥めた。

しかしモーリスは泣きそうな顔で捲し立てた。


「さっき故郷の村長から私の家が燃えてしまったって手紙があって。家族は無事みたいなんですけど、住む家がなくなってしまったなんてどうしたらいいんでしょうか? 私もすぐに帰ってみんなの無事を確認したいんですけど、お金がなくて……」

「何ですって?」


俺は迫真の演技で自然な驚きを表現した。

我ながら名役者だ。


彼女の家に火を放つよう便利屋に依頼したのは他でもない俺自身だ。

しかしそんなことは知らない彼女は帰省の手段を求めて俺を頼って来たのだろう。

モーリスはまだこの件の詳細までは知らないみたいだが、ひとまずは事前の計画通りに話を進めよう。


「今すぐに出発しましょう。移動手段のことは心配しないで。私が車を用意するから、それですぐにあなたの故郷に向かいましょう」

「ありがとうございます…………」

「お礼はいいわ。私達、友達でしょう? 困った時は助け合わないと」

「イスラ様……っ!!」


モーリスは俺の安い嘘に感極まったような顔をしているが、まさか自分の目の前の女が自らの身に降りかかった不幸の元凶だとは夢にも思っていないようだ。


俺はメッツに指示を出して不自然なほど手際よく必要な物資を魔動車に乗せ、すぐにモーリスと共に彼女の故郷へと向かった。



半日近くかけてモーリスの故郷の村にたどり着いた時には既に夜中になっていた。


村の中は明かりが消えて静まり返り、不気味に感じるほどだった。

俺とモーリスは明かりを手に彼女の家の方に向かった。


そしてそこに広がっている景色は以前来た時とは大きく変わっていた。

元々家が建っていた場所には焦げた柱や燃えカスが残るのみで、見るも無残な姿に変わり果てている。


「嘘…………っ!」


モーリスはその光景を見てまた泣き出した。

自分が生まれ育った場所が消えてしまうことは悲しいことだ。


そっとモーリスを抱きしめてやると、彼女は俺の体に身を任せてわんわん泣いた。

モーリスが泣き止むまでの間、俺は周囲の様子を観察した。


彼女の家のみが綺麗に焼けており、周囲の他の建物は全て無事だ。

家同士が隣接していないとはいえ、火を点けたやつは見事な仕事ぶりだと感心する。


放火の件の依頼の際に、中に人がいない隙を狙い、死人が出ないようにすることと、目的であるモーリスの家以外に被害が広まらないよう指示していたが、完璧な仕事ぶりだった。


「モーリスさん、大丈夫?」

「…………」


気が付くとモーリスは静かになっており、力なく俺にもたれかかってきた。

様子を確認すると、どうやら寝てしまっているみたいだ。


長時間の移動と、実家がなくなってしまった心労で疲れのピークに達したのだろう。

俺は引きずるようにモーリスを車まで連れて行き、その日の夜は車内で夜を明かした。


車内では浅い眠りしかできず、翌朝は日の出近い時間に目が覚めた。

休息が不十分な重い体を起こすと、モーリスも既に起きていた。


「おはよう、モーリスさん」

「おはよう、ございます」


ボーっとした様子のモーリスだが、それは決して寝ぼけているわけではなく、まだ現実を受け入れられていないように見えた。


しかし、モーリスにはもう少し辛い目に遭ってもらう必要がある。

もっと彼女の心をへし折って、最終選考へのモチベーションがなくなるほどに追い詰められてもらわなければならない。


「モーリスさん、家族は村長さんのところにいるのよね。会いに行きましょう」


そのためにも、俺はモーリスを連れて村長の家に向かった。


村長宅の扉を叩くと、村長と思われる爺さんが出てきた。


「どちら様で……おお、モーリスじゃないか! おい、お前さんたち、モーリスが帰って来たぞ!」


村長は早朝であるにも関わらずモーリスの姿を見ると、家の奥にいるであろう彼女の家族に娘の帰還を伝えた。


するとすぐに奥から数人の人間が出てきた。

いずれも見覚えのある、モーリスの父、母、弟妹たちだ。


モーリスは母や弟妹たちと抱き合うと再開の喜びを分かち合った。


「良かった……みんな無事で……!」

「心配かけたね。私達は無事だよ。家は焼けてしまったけど、まあまた建てるさ」


感動の場面ではあるが、俺にとってはどうでもいい。

それよりも誰かモーリスに真実を告げる者はいないのだろうか。

そう思っていると、俺の願いが通じたのか、モーリスの妹の一人であるカティがモーリスを励ますように声をかけた。


「お姉ちゃんは悪くないよ。だから気にしないで」

「カティ、それってどういうこと?」


今回の火事の原因を知らないモーリスにとっては意味の分からない言葉だろう。

しかし、俺の思い描いた筋書きは上手く機能しているようだ。

俺は笑いを堪えつつも姉妹のやり取りを黙って眺めた。


「王子様の婚約者になれなかった貴族の人が私たちの家に火をつけたってみんな言ってる。だから、お姉ちゃんは悪くないから!」

「火をつけられた……?」


今回俺はモーリスの家に放火をするよう指示を出したのとは別に、その結果起きた火災はアバン王子の婚約者を決める選考に落ちた貴族が逆恨みをしてモーリスに嫌がらせをしたのではないかという噂を村中に流させた。


もちろん、その噂通りの話でもモーリスはただの被害者だ。

しかし、それを本人も純粋にそうだと捉えられるかどうかは別の問題だ。

予想通り、モーリスは動揺を隠しもせず震え出した。


「私が王子の婚約者を決める選考に参加したからみんなが不幸になったの?」

「違うよ! お姉ちゃんのせいじゃない!」


カティは懸命に姉を励まそうと説得しているが、その言葉はモーリスには届いていない。

モーリスは膝から崩れ落ち、その場に座り込んで虚ろな目で虚空を見つめた。


その様子はあまりに痛々しく、周囲の大人は目を背けていた。

カティの声だけが空しく宙に消えていく。


モーリスは善良な一般市民であり、お人好しな性格をしている。

だからこそ自分が原因で誰かが傷つくことには強い衝撃を受けるはずだ。


そしてそろそろ次の知らせが入るだろう。

日の出から少し時間が経ち、村人たちも少しずつ活動を開始した頃、一人の男が息を切らせて走って来た。


「大変だ、村長! 水汲み場の魔動具が何者かに破壊されている!」

「何だって!?」

「この前の放火犯と同じ奴だ。水汲み場には犯人と思われる奴からモーリスを非難する張り紙まで出されていた」


その男は急いでいたからか、この場にモーリス自身がいることに気が付いておらず、大きな声で状況を報告してくれた。


そしてその声を聴いて、それまでカティの言葉を聞いても無反応だったモーリスが心の内を漏らした。


「私の…………私のせいだ…………全部…………」


悲しみと絶望に染まるその姿は美しいという感想すら抱かせるほど芸術的だった。

この様子であればもう少しで俺の目的は達成できそうだ。

後はほんの少し、彼女の背中を押してやるだけだ。

次回投稿日:6月10日(月)

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