91.マリオネット・ガールズ
前回の話
イスラはヨアヒム・オーヒル侯爵を脅して、アバン王子の婚約者を決める選考の最終選考の通過を約束させた。
春も過ぎ、徐々に夏の気配が近づいてきた。
屋敷の自室で考え事をしていると手紙が届いた。
中身を確認すると、アバン王子の婚約者を決める選考会の三次選考通過と、最終選考のお知らせだった。
今までの選考結果の通知は次回の選考の内容について細かい内容が記載されていることが多かったが、今回は非常にシンプルだ。
最終選考の内容はアバン王子本人へ愛の言葉と贈り物を渡すというものだった。
この最終選考で全てが決まる。
そして、この通知書に記載はないものの、最終選考の参加者についても調査済みだ。
俺の他にはユフィー・グリーアとモーリスの二人のみ。
この三人の中からアバン王子の婚約者が決まるわけだが、他の二人を排除する作戦は既に決まっており、そちらも問題なく進んでいる。
しかし、最終選考の日時は2週間後と少し先であり、まだ直接動き出すには少し早い。
最終選考が始まってからは忙しくなることが予想されるので、今のうちに他にできることを済ませておこう。
「メッツ、出かけるから車を用意してくれるかしら?」
「かしこまりました。今日はどちらへ?」
「『お友達』のところまで」
今日はノインとミレイヌの相手をしてやることにしよう。
丁度あいつらに用もあったことだ。
俺は支度をすると、すぐに屋敷を出て俺の女の元へ向かった。
まず先に裁判所に向かうことにした。
ノインは普段はここに勤めている。
少し探すと、白と黒を基調とした裁判官の正装に身を包んだノインを見つけた。
彼女は俺を見ると少し驚いた様子を見せたが、速足でこちらに向かってきた。
「こんにちは、ノインさん。いきなり来てしまってごめんなさい。今、少しいいかしら?」
「……もちろんです。会いに来ていただけてとても嬉しく思います」
ノインは表情に乏しい女ではあるが、それでも見て分かる程度には嬉しそうな顔をしてくれた。
早速ノインは俺を応接室まで案内してくれた。
裁判所の応接室は貴族の屋敷のそれとは異なり、質素な空間ではあるが、最低限の机や椅子は問題なく使用できた。
俺は椅子に腰かけ、早速本題を切り出した。
「リウラの件に関する後始末、ありがとう。ノインさんに色々押し付けてしまってごめんなさいね」
「……いえ、とんでもありません。イスラ様のお役に立てるなら、何でもいたします」
俺はリウラ暗殺の後、彼女の残した利権の大半を継承することに成功したのだが、リウラの手下共はそれを面白く思っていなかった。
いずれ反旗を翻してくるのは分かり切っていたので、リウラとの連帯責任の意味も込めて手下共もまとめて逮捕するよう仕向けることができた。
そしてそいつらの処遇を決める者としてノインが担当裁判官になるよう裏で手を回したのだ。
「それで、リウラの手下たちはどんな様子かしら? “敵”の手先であるのは間違いないと思うのだけれど?」
「……やつらは中々強情です。一向に情報を口にしません。知らぬ存ぜぬの一点張りです」
「厄介ね。兵糧攻めも視野に入れて口を割らせましょう。最悪、餓死しても構わないわ」
「……かしこまりました」
俺は淡々と殺害の指示を出したが、ノインもそれに全く異を唱えずに受け入れた。
この件についてノインに依頼する際に、“敵”の存在をほのめかしていた。
この“敵”とは俺の作り話とノインの妄想の中にのみ存在する秘密結社なのだが、実際にはそんなやつらは存在しない。
リウラの手下たちは存在しない組織との関係を疑われた挙句、食料を与えられずに牢の中で孤独に死ぬことになるわけだ。
俺は他人事のようにそいつらのことを哀れんだ。
「それと、リウラの遺品から押収した違法薬物だけど、あれはまだ裁判所が持っているのかしら?」
「……はい。地下の鍵付き倉庫に保管されています」
「それを持ちだすことはできるかしら? もしかしたらそれも“敵”に繋がる物かもしれないの」
「……やってみます」
「ありがとう。成功したら引き取りに行くから連絡してちょうだい」
ついでにリウラの持っていた違法薬物を俺の懐に納めるための相談もしたところ、こちらもノインは快諾してくれた。
リウラの持っていた薬物の生産ルートはいくつかを残してすべて潰したが、残ったルートは俺が引き続き使わせてもらっている。
とはいえ、生産量は落ちているので、供給が追い付かない。
王都で薬を高く買い取ってくれるお得意様のためにも使える在庫は手元に置いておきたいのだが、裁判所に押収された分が帰って来るなら、当面の販売数は確保できそうだ。
新しい生産ルートの開拓も進めなければだが、それはこちらで考えなければ。
「ノインさん、いつも力になってくれてありがとう。あなたがいてくれるから、私は挫けずに生きていられるの」
「……そのような勿体なきお言葉、ありがとうございます」
ノインは内向的な性格で友人らしい友人もいない。
だからこうして自分のことを認めてくれる人間に依存してしまい、人殺しの指示や、違法薬物の持ち出しでさえも疑いなく受け入れてしまう。
こんな風にそれっぽい言葉をかけてやるだけで何でもやってくれるので、費用対効果は抜群だ。
(これからも俺の駒として頑張れよ)
俺はノインの仕事ぶりに笑顔という対価を支払い、裁判所を後にした。
次に向かったのはミレイヌがいるであろうミレイス商会の本部だ。
「イスラ様、ようこそいらっしゃいました。ミレイヌ様にお取次ぎいたしますので、応接室でお待ちください」
もう何度目かの顔パスで受付を通過し、慣れた足取りで応接室に向かった。
ソファに腰かけて少し待つと大きな袋を持ったミレイヌが部屋に入って来た。
「イスラ様、わざわざお越しいただきありがとうございます!」
「いいのよ、ミレイヌさん。あなたの顔が見たくなっただけだから」
「そんな……とても嬉しいです……!!」
ミレイヌは俺の言葉にすっかり機嫌を良くし、当然のように俺の隣に密着するように座った。
そして手に持っていた大きな袋を俺の方に差し出した。
「イスラ様、こちらは今月の分です」
「ありがとう、ミレイヌさん。……今月はいつもよりもさらに多いわね」
「はい! 先期の決算も終えて、おかげ様で先期の利益は想定よりも順調だという結果が出ましたので、その分を還元させてもらいました!」
俺はミレイヌから受け取った袋の中身をざっと見たが、金貨が50枚ほど入っていた。
毎月ミレイヌからはミレイス商会の売り上げの一部を上納してくれるという約束をしており、俺はそれを『友達料』と心の中で呼んでいるが、今月分はとても奮発してくれている。
これだけ納めてくれたのなら、その分よい友人を演じてやろう。
その後、ミレイヌは得意げに自分の施策や功績を語ってくれてミレイス商会の利益が右肩上がりに伸びていることを説明してくれた。
その成長ぶりは俺の予想を上回るものであり、ミレイヌは本当によくやってくれていると感じさせられた。
(これなら、もう少し貰っても問題はなさそうだな)
しかし悲しいことに、彼女は頑張れば頑張るほど俺に搾取される運命なのだ。
「ミレイヌさん、本当にありがとう。あなたはとても良くやってくれているわね」
「当然のことです。イスラ様のためでもありますから」
「これで少しは資金繰りが楽になるわ」
「えっと……イスラ様、それはどういうことでしょうか?」
俺はさり気なく資金が不足していることをほのめかしたが、案の定ミレイヌはすぐに食いついてきた。
俺は少し困ったような表情で嘘を並べた。
「実は最近、投資に失敗してしまったの。私としたことが、下手を打ってしまったわ」
「そうだったのですね」
「だけど困ったわ。今年は領地の方でも大規模な修繕が何件か予定されていたけれど、その分の予算も使い込んでしまったの」
ミレイヌは真剣な顔で俺の嘘を聞き入っているが、この程度の話を嘘だと看破できない辺り、彼女も冷静ではないのだろう。
そして一つの狂言は別の狂気を呼び寄せる。
「イスラ様、よければ来月からの支払いを少し増やしますか?」
「そんな、悪いわ。これは私の問題なのに」
ミレイヌは俺の策によって自分の家族を自らの手で凋落させてしまった。
もはや彼女にとって信じられる人間は俺しかいないのだ。
だからこそミレイヌは俺がどんな振る舞いをしようとも俺のことを切り捨てられない。
そうしてしまったら彼女は天涯孤独になってしまうからだ。
ミレイヌは自分自身を納得させるかのように、狂気すら感じさせる瞳で俺を熱く見つめた。
「何を仰るんですか!? イスラ様に幸せになっていただくことが、私にとっても一番幸せなことなんです! 金貨があればイスラ様が幸せになるのなら、私がいくらでもご用意します」
「嬉しいわ、ミレイヌさん。そんな風に言ってもらえるなんて」
「いいんです。……その代わりと言ってはなんですが、いっぱい甘やかしてください」
そしてミレイヌは俺の体を横から抱きしめると、少し俯いて頭を俺の方に差し出してきた。
これは彼女からの『撫でてくれ』のサインだ。
俺は要求通りにミレイヌの頭を撫でてやり、おまけで優しい言葉をかけてやった。
「ミレイヌさんは良い子ね。偉いわ。大好きよ」
「あぅ」
ミレイヌは情けない声を出して俺に身を委ねた。
ノインもそうだったが、この程度のことで金が引き出せるのだから安いものだ。
心に隙間のある女を相手にする時は、その隙間を埋めてやれば大抵の場合は上手くコントロールできるようになる。
俺にとっては簡単な仕事だ。
司法に精通する駒と金を融通してくれる財布の二人との関係維持は済んだ。
後は玉座に向かって駆け上がるだけだ。
次回投稿日:6月7日(金)
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